第4回 外回りのインフラ整備

 一軒家に住むためには、家の中の設備を整えることももちろん必要だが、外回りのインフラ整備も大切だ。住んでいる地域で電気や上下水道が整備されている場合は問題ないのだが、私たちの引越し予定地は電気は配線されているものの、上下水道は各家の責任だという。そして、現代社会に不可欠のインターネットやテレビの光ファイバーケーブルは昨年コミュニティーレベルで導入について会社と話し合い、もよりの基部から家までケーブルを埋設する工事費用を個人負担することで合意し、設置完了している。

 さて、環境保全のために生活排水の処理方法も慎重に検討した。家から出る汚水はメインタンク(3000立方メートル)から3層に分かれたサブタンクでろ過し、最終的に上澄みをビニールチューブで地中に送り出すシステム。地層が水を浄化するフィルターの役割を果たすという。

メインの下水タンクは後方に見える新居と別棟のサマーハウス二軒で使うので導入のパイプを2本とりつける(左)。そのタンクを地中に埋めたところ(右)。逆流しないようパイプの傾斜を考えながら深さを決める。サブタンクはこの右手奥に(左)メインの下水タンクは後方に見える新居と別棟のサマーハウス二軒で使うので導入のパイプを2本とりつける。
(右)そのタンクを地中に埋めたところ。逆流しないようパイプの傾斜を考えながら深さを決める。サブタンクはこの右手奥に。

 下水システムと井戸掘りにもコミュニティーへの申請が必要だった。「ご自身でお隣の方々の井戸と下水の設備の位置を調査して、報告してください」という。なぜ人のプライバシーを探るようなことをしなくてはいけないのだろうか? と、最初いぶかしく思ったが、考えてみれば、隣人の排水システムの近くに自分たちの井戸は掘りたくないのは当然で、お役人は私たちの衛生環境を考え規則にそって指導したのだ、と理解した。それにしても、家造りにはいろいろな規則があるものだ。

 上下水の設置は家の裏の土地を掘り、パイプを埋める作業なので、アイデア豊富な夫の幼馴染と16トンのショベルカーを操るその友人コンビにお手伝いをお願いした。

 引越し予定地前には大きな川へと続く小川が流れ、家から裏の散歩道をたどればそこは針葉樹林帯。お隣は現役を引退された老夫婦、そして向かいには羊、豚やニワトリを飼う老夫婦が住んでいる。体に危険な科学物質を使うような工場も近くにないし、人口密度も極めて低いので、掘って沸いてくる水を飲んでもだいじょうぶなような気もするのだが、日本で集合住宅に住み続けた私には、飲み水のための井戸を自分たちで掘るとは、思いもよらない展開だ。水質は年1回コミュニティーでチェックしてくれるので、その点は安心だと聞いた。

コンクリートのリングを設置。中の水をかい出して掘り進めようとしたが水の勢いには勝てず断念(左)。井戸ではなくプールができた(中)。こちら暖房システムのためのパイプを裏庭に埋める作業中(右) (左)コンクリートのリングを設置。中の水をかい出して掘り進めようとしたが水の勢いには勝てず断念。
(中)井戸ではなくプールができた(中)。
(右)こちら暖房システムのためのパイプを裏庭に埋める作業中

 この土地に住み続けてきたお隣さんによると、「最低6mくらい掘れば1年を通じて水は涸れない。下流のダムで雪解け時、水位を調整するので、増水前に掘ることをおすすめするよ」とのお話。冬になると地上の水は凍りついてしまうので、冬でも凍らない地下水脈が頼りなのだ。手順としては6mくらい掘ったところにコンクリートリングを地上まで埋め込み、リングの中に湧き上がってくる水をポンプで汲みフィルターで浄化し生活用水に利用する。この付近は石灰成分が多くてお湯を沸かすポットなどには1週間くらいたつと白っぽいものがたまることもあって、水の浄化は欠かせない。

 5月も半ばを過ぎ、必要資材を準備したところにショベルカーがやってきて井戸掘り開始。調子ちよく2mほど掘りすすむとじわじわと水が滲み出してきた。「うーん。これはあまりうれしくない」と、夫。3mにも達しないところで水があふれ、水気を含んだ土が崩れ思うように掘ることができない。大型ポンプを使って水を吸い出そうと試みたが、雪解け時期と重なって地下にたまった水は一向に引く気配なし。一両日の挑戦むなしく、結局自然のパワーに降参した。冬は地面が凍ってしまうので、水位の低くなる来年春に再挑戦を決めた。

 水がなければ生活できない。今年の引越しを楽しみにしていただけに苦しい決断だった。

 水さえ出ていれば、残りは壁紙、床やタイルなどを整えれば引越し可能のところまで改築がすすんでいただけに、もう一週間早く掘りはじめていれば、と悔やまれた。

 だが、「引越ししない」と決めたとたんホッと緊張が解けたのも事実。あせって引っ越して、冬は留守がちな夫のいないときに万が一、暖房が止まったとしたら私ひとりでは太刀打ちできなかっただろう。さらに、二人とも家にいないときに水道管でも破裂したら大惨事、と、最悪の状況を想像してみれば、逆に水が掘れなくてよかったのかもしれない。来年、すべての管を接続して水の具合、漏れがないか、水圧は十分か、床暖房は温かくなるか、下水は逆流しないかなどなど可能な限り試運転して、不具合を調整してから引っ越せばいいのだから。

 来年の工事再開まで時間はたっぷりある。壁や天井のペンキ塗り、床、壁紙やバスルームのタイル貼りも来年に延期だ。ペンキ、壁紙やタイルの色などもじっくり再検討してみよう。

《田中ティナ/プロフィール》
2004年よりエステルスンド在住。ライター、写真撮影、翻訳業。冬はフリースタイルのジャッジとして活動。この夏、年内の引越しを目標に夫の母から譲り受けた古民家を改装に励んだが水が引けず引越しは来年に延期。現場監督である夫のセクレタリー。