第7回 この年になっても勉強できることに感謝する

解剖生理学のクラスは大所帯で、私のようなオバサン、オジサンの学生も意外に多かった。その中の一人、ダイアンと話すようになった。二人の子供は既に成人しているそうで、ダイアンと私は同じくらいの年齢かと思えた。金髪をショートボブにした彼女は、超高級住宅街のニューポートビーチ在住。愛車は白のBMWだった。夫は自分のビジネスを持っている。勝ち組で、全てをゲットしているように思えた。ある日、ダイアンは私にこっそりと言った。

「実は大学に行ってないのよ。家族で高卒なのは私だけ。近い将来、カリフォルニア州立大学に編入して、運動学で学士号を取りたいの」

ダイアンの引き締まった身体から、運動するのが好きで、定期的にスポーツクラブで汗を流しているのが分かる。

「ダイアン、運動学はあなたにぴったりだと思う。がんばってね!」

私がそう言って励ますと、うれしそうに目を輝かせていた。彼女なら出来るだろうと思った。

筋肉について勉強していた頃だった。私はオープンラボで復習していた。いつもの様に、

「あー覚えられない、英語だとキツイ」と、一人で文句を言いながら。

すると、ダイアンがさっそうと教室に入って来た。その服装から、ジムの帰りだと思えた。彼女は机の上に教科書を広げると、模型にぱっと手を当ててその部分の筋肉の名前を言い始めた。

「三角筋(deltoid)、二頭筋(bicep)、三頭筋(tricep)」

しっかりと手で触れながら、はっきりとその筋肉の名称を唱えていた。しかも微笑みながら。彼女は、学習できることの喜びを感じているようだった。

「ダイアン、触りながら復習すると覚えやすいの?」

彼女はいつも、こうして暗記すると教えてくれた。触覚、視覚を刺激し、しかも声を出している。私は、早速この勉強法を取り入た。

その数週間後、オープンラボで心臓の名称を復習していたときのことだ。同じクラスにいた別のオバサンと一緒に組んでやることにした。大柄な白人女性で、スポーツトレーナーになりたいと話していた。

彼女もダイアンのように、模型に手を当てて、その部分の名前を言いながら覚えようとがんばっている。

「コーディーテンダニー(Chordae tendinea、腱索のこと)」

私はこの部分はどう発音していいか分からなかったので、助かった。彼女も楽しんで勉強しているように見えた。みんな、名前を言っているときに口角が上がっているではないか。

私はいつも、「子育てで大変だ、オバサンだし英語が下手だから辛い」と否定的だった。しかし、ダイアンのように新しいことを、楽しみながら学ぶオバサン達もいるのだ。

この年になって、異国で新たな分野に挑戦できることに感謝しよう、と思った。

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。