第13回 マッチと呼ばれた男と第6夫人

アリュメット(フランス語で「マッチ」の意味)。西アフリカ・ブルキナファソのヌヌマの村で、私が一緒に住まわせてもらっていた一家の主で村長だった男性のあだ名だ。「すぐに火がつく」というのが由来らしい。というのも、当時42歳だった彼には6人の妻と18歳を頭に26人の子どもがおり、さらにどんどん増え続けていたからだ。

 

ヌヌマの住宅は夫の小屋および各妻たちの小屋が広い中庭を囲んで建ち、それをぐるっと塀で囲むのが一般的なスタイルだ。このひとまとまりの家族を「家囲い」と呼ぶ。子どもたちはそれぞれの母親と一緒の小屋で寝起きし、夫は毎日妻たちの小屋へ夜だけ通う。

私が村にやってきた時、村長は私に彼の小屋を譲って自分は第6夫人の家へ移ってくれた。その時は人間関係がよくわかっていなかったが後々推察するに、村長は何かと理由をつけて一番新しい妻の小屋に住みたかったのだと思う。

この第6夫人は村人いわく、「絶世の美女」だった。樽のように太っていたが切れ長の大きな目が美しく、コートジボワールに出稼ぎに行っていたことがあるとかで着ている物もどことなく垢抜けていた。片言のフランス語ができ、しかも私が住み始めたわずか1週間ほど前に来たばかりの同じ新参者同士だったこともあり、けっこう仲良くなった。

実は彼女は、その村から半日ほど歩いた近隣の村の出身で、同じ村の男性と10年近く結婚していたそうだ。しかし何年経っても子どもができず、ある日彼女を見初めたうち(ヌヌマ村)の村長に「俺と結婚したらすぐに子どもを生ませてやるぜ」と口説かれ、夫と離婚してこの村へやってきたという。

 

ヌヌマの人びとにとって子どもをもつことは絶対だ。彼らは死ぬと自宅の中庭に遺体を埋葬するのが通例だが、子どもをもたないまま死んだ村人は男女を問わず、遠く離れた森の中へ亡骸を捨てられてしまう。輪廻転生に近い考え方が浸透しており、子どもを産めない魂が村へ戻れないようにするためだ。幼くして亡くなった場合も含め成人前に死んでも、そのような弱い魂が生き返らないように同じ扱いを受ける。

また、子どもは結婚すると女性は夫の家囲いへ、男性は新たに家囲いを設けるが、すべての子どもが巣立った後、両親は男児の誰かの家囲いへ移り住むか、一家の長男が丸ごと親の家囲いへ移ってくる。つまり老後、子どものいない母親はほかの妻の子どもの世話になるか、兄弟が仕切る実家へ戻るしかないのだ。

当時の私はまだアラサーで、村の人から見れば「結婚していないがいつか子どもを産む存在」ととらえられていたと思う。第6夫人にとって子だくさんのほかの妻たちよりも話しやすくはあったが、気持ちをわかってもらえるとは思っていなかっただろう。他の妻たちが子どもたちの相手をしながら夕げのしたくに忙しく動き回る夕刻、彼女はいつも所在なさげに小屋の前で座っていた姿を今もくっきり思い出すことができる。

 

最初に滞在してから2年ほど過ぎた頃か、しばらく別のエリアへ出かけて村へ戻ると、第6夫人がいなくなっていた。ほかの妻たちは相変わらずどんどん子どもを産んでいたが、マッチ村長は最後まで彼女の希望に火を灯すことができず、彼女は村を去ったのだ。元の夫がいる生まれ故郷に戻るのも嫌だったのか、またコートジボワールへ行ったということだった。

あれから20年近くがたち、結局私は子どもを産まなかった。今なら彼女の心に寄り添うこともできたかもしれないと思うと、ちょっと残念な気がする。

板坂 真季(いたさか まき)/プロフィール
村では火が必要になったら、その時に火を使っている近隣の家からもらい火をするのが一般的だったが、私は蚊取り線香用にマッチを持参していた。ミャンマーで暮らす今、再び蚊取り線香の点火にマッチを使うようになったのだが、マッチを摺ると時々、寂しげに座る第6夫人の姿を思い出すようになった。歳のせいもあるのだろうけど……。