第6回(最終回)小屋と豪邸

アンコールワットそばの街シェムリアップに到着したとき、Kが思い立って昔の友人に連絡した。その友人はあるホテルを指定し、そこに泊まれという。行ってみたら、こぢんまりしているがハイソなホテルで、部屋は広く豪奢な石造りの浴槽がついている。もしかして恐ろしく高いかもと思いつつ、プールわきの寝椅子でとりあえずくつろぐ。そうしたら、迷彩服を着た人がやってきた。それが友人で、警察官だった。

水の上に建てられた小学校

四駆の立派な車に乗り込み、まず高級レストランでエビのサラダや魚料理などを堪能し、その後管轄地域の川沿いの村を見に行った。水辺の上に高く木材を組んでさまざまな建物が建っており、学校や警察署もある。壊れないのかと心配になるが、案外頑丈らしい。警察署の建物の下は盛り土がしてあり、鶏が飼われていた。車に乗ってさらに行くと大きな川があり、川沿に点々と小屋が浮いている。船の上で生活している人がいるのだ。小さな魚市場では新鮮な魚が山となっており、警察官はあちこちで言葉を交わしていた。

最後に、警察官の自宅に寄った。3階建てで、たいそう立派である。一介の警察官がこんな家を持てるのか。賄賂だよ、と小声でKがいう。ドイツで働いているKはカンボジアの警察官より、額面では収入が多いはず。けれどKは決してこんな家は持てない。たとえカンボジアでも。私たちの泊まったホテルがびっくりするほど安かったのは、警察官が口をきいてくれたからだろう。

Kの別の友人も、豪邸に住んでいた。カンボジアの電力はすべて水力でまかなわれており、その友人は中国資本の水力発電所建設に関わる公務員である。自宅には外車やバイクが並び、広い庭にはマンゴーの木が100本以上あった。奥さんが先端にカゴのついた長い棒でマンゴーの実を取り、おみやげにくれた。

船で生活する親子

別の日、首都プノンペンの観光地と隣接する川を眺めていたら、船が一艘浮かんでおり、子どもがうろちょろしている。洗濯物が風になびき 、どうも一家で住んでいるようだ。雄大な川は泥色に濁り、背景に高層ビルが見える。一家は船の上で、どうやって生計を立てているのだろう。この子はどんな大人になるのだろう。カンボジアには貧富の差が歴然とあり、理不尽なことがある。数年後、またカンボジアに来たいと思った。

田口理穂(たぐちりほ)/プロフィール
1996年よりドイツ在住。ジャーナリスト、ドイツ州裁判所認定通訳。著書に「なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか」(学芸出版社)など。
長年憧れていたアンコールワットは壮大で素晴らしく、とても1日では見きれなかった。けれど3日かけて全部見ればいいというものでもない気がした。見て何を感じるか、何が心に残るかが大事なのだから。それにしても中国資本が入って入場料が高くなり、観光化が進んでいるのが少し残念だった。