第11回 『パパラギ』の舞台ティアベア村

連載:『サモアの想いで』
文・写真:椰子ノ木やほい(ミシガン州・アメリカ合衆国)

『パパラギ』の舞台ティアベァ村(Tiavea)を訪ねたのは1997年のことだった。

ロングセラーを続けるこの小さな書物に感銘を受けた読者は多い。一方、昨今では「ツイアビは実在の人物ではなかった」とか、「ツイアビはヨーロッパには行っていない」といったでっちあげ説など、“パパラギ批判”も目に付く。

今でも時おりページをめくる私にとってそんなことはどうでも良いことだ。大切なのは、自分のだいじにしている本の中で、ツイアビ(Tuiavii)の言葉として語りかけられる数々の名言が、私のなかにどう沁みてどう消化され実になっているかなのだから。

サモアでは内陸の村をUTA、海沿いの村をTAIと呼ぶ。山沿いから“TIAVEA TAI”と書かれたサインをみつけ、土手から転がり落ちないかと心配になるほどの凸凹道を時間をかけて下りると目の前に海が広がった。入り江になっていて浜はあるが、教会と簡素なファレがあるだけでサモア人でさえ滅多に寄り付かないような小さな村に着いた。そこで人に会い、体験したことは私にとっての事実であり、真実だ。

この村の牧師夫人がファラ(サモア式ゴザ)を浜に敷いてくれた。並んで寝っ転がり満天の星を眺めた。寄せては返す波の音を聞きながらこの村の当時の酋長(であったろう?)ツイアビの言葉を回想し、ここで生まれ、ここで死んでいく人々のことを想った。自然に身を任せ、こんなふうに一生素朴に生きることができるのなら、それはそれで幸せなことなのだろう。ツイアビが語ったかもしれない、数々の名言がここから生まれたと想うだけで感慨深かった。

※20世紀初頭、ヨーロッパ周遊の機を得たサモア人酋長ツイアビが、西欧文明社会を見、そしてサモアの人々にその様子を語った。その演説を聞く機会に恵まれたドイツ人のショイルマンがツイアビの鋭い洞察力に感銘を受け、ドイツ語で「DER PAPALAGI」として本に著したとされている。その後ドイツ語だけでなく英語、イタリア語、にも訳され世界中で読み親しまれ、日本でも1981年の初版以来、今もロングセラーを続けているという。

パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
岡崎 照男,ツイアビ,Tuiavii
パパラギ―はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
感銘を受ける人が多いからこそ、『パパラギ』批判も存在するのだろうが、サモア時代に私が出会ったヨーロッパからの人々の多くはほとんどこの書を知っていた。先進国で教育を受けた、博識あるサモア人が大切に英語版コピーを所有していたし、サモア国立図書館にも貸し出し不可で英語版コピーが所蔵されていた。夫は、『パパラギ』の著者エンリッヒ・ショイルマンの孫とメールを交換をしていたこともある。パパラギにまつわる思い出は数知れない。
地球丸図書館『パパラギ』、関連エッセイ「パパラギの島サモアで暮らす」、みしがんでいず「ドイツ語版パパラギ」