第15回 ロバート・L・スティーブンソンのレクイエムの前で

連載:『サモアの想いで』
文・写真:椰子ノ木やほい(ミシガン州・アメリカ合衆国)

私の記憶の中で、肉体的にいちばんヘトヘト、ガクガク、ボロボロになった思い出。私が横たわっているのは、ロバート・ルイス・スティーブンソンの墓の上だ。その名前を聞いてピンとこなくとも、『宝島』『ジキル博士とハイド氏」という作品に聞き覚えのある人は多いだろう。

スコットランド人の作家、スティーブンソンは、世界的に有名となったこれらの作品を著したあと、地上の楽園を探し求めて南太平洋を渡り歩き、1898にサモアにたどり着いた。彼は当時のサモア人に、ツシタラ(語り部)と呼ばれ慕われたそうだ。1890年にいったんは祖国英国に戻ろうとしたが、体の弱かった彼はシドニーで体調を崩し、帰国を断念したという。以後、彼はサモアのバイリマ“Vailima”を永住の地とし、ここで生涯を終えたことは、日本ではあまり知られていない事実かもしれない。もちろん、私もサモアを訪ねるまでそんなことは知らなかった。

大した観光資源のないサモアでは、これは格好の観光ネタであり、彼の元邸宅は観光客用に博物館として公開されているため、没後100年以上が経つ今も、スティーブンソンという文豪の存在を知らないサモア人は稀だ。

彼は、生前の望みどおり、邸宅横にそびえるバエア山の山頂に葬られているというので、家族でこのバエア山頂を目指した。険しい山道を登りつめると、首都アピアの町が一望に臨め、その向こうには南太平洋が、そして海と空の間には水平線が広がった。

すばらしい景色に歓声をあげるまもなく、険しいハイキングのツケがど~んと膝に来た。私の膝はガクガクだった。「膝が笑う」という言葉があるが、はじめてそれを実感した。大笑いをはじめた膝を治めるため、しばし、スティーブンソンといっしょに横たわった。

私の背後には、彼の遺したこんなレクイエムが刻まれていた。

Under the wide and starry sky       広がる星空の下
Dig the grave and let me lie,       墓を掘り、我身を横たえん
Glad did I live and gladly die, …    生を楽しみ、喜んで逝く…

≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
フリーランスライター。1997年、のんびりゆったり子育てと、シンプル&スローライフを求めて、家族(夫・子ども4人)で南太平洋の小国サモアに移住し4年間の南国生活を楽しむ。2001年より、アメリカ合衆国・ミシガン州在住。HP「ぼへみあんぐらふぃてぃ」、サモア在住時の暮らしを綴った電子本『フィアフィアサモア』はでじたる書房で発売中