第16回 子犬たちとの交流、そして別れ

連載:『サモアの想いで』
文・写真:椰子ノ木やほい(ミシガン州・アメリカ合衆国)

サモアでは多くの家庭で鶏、豚、犬を飼っているが、全て放し飼いのため、人間の住む空間の隙間にどさくさに紛れて動物がおさまっているという感じだ。

犬の飼い方にしても、「飼い主の責任」といった観念があるのか、ないのか、はたまたその基準がちがうのか? 犬小屋を作り、栄養を考えたドッグフードを与え、必要な予防接種を施すなんてこともなく、残飯があるときに、あるだけ与えるといった飼い方が主流だ。

我が家が住んでいた敷地内にも、大家の飼う鶏、犬、猫が常にウロウロしていたので、残飯が出るたび与えていた。あるとき、このうちの雌犬が、母屋の縁の下で10匹もの子犬を産んだ。しばらくは、大家の子どもたち、我が家の子どもたちがそろって、学校から帰ると、縁の下にもぐりこんだまま、食事の時間になるまで戻ってこないという日々が続いた。

もらい手がみつかるたび、子犬の数は減っていったが、残った3匹には、「ナラ」「ジャコ」「ムスティー」と名がつけられた。子犬が縁の下から自力で出られるようになった頃には、犬たちの方が、我が家のテラスを居場所と決め込み棲みついた。こうなるとかわいさも倍増し、特に次男と三男は自分たちの犬のようにかわいがり、子犬と戯れる毎日を過ごした。

あるとき、そんな日々に終止符が打たれた。「ナラ」が突然病気にかかり死んでしまったのを皮切りに、「ジャコ」「ムスティー」も同じ症状で倒れた。常夏の気候、放し飼い、残飯を食べるといったワイルドな環境の中では、食中毒や病気になる確率はずっと高く、多くの子犬が母親から受け継いだ免疫が切れるころに命を落とすようだ。自然に逆らわない暮らしの中では運の良い、生命力のある動物だけが生き残れるのかもしれない。

子どもたちは愛情を注いだ分、悲しい別れを経験することになった。泣きながら子犬の墓を掘り十字架を立てたことは、そろそろ記憶のかなたに追いやられているようだ。

≪椰子ノ木やほい/プロフィール≫
フリーランスライター。1997年のんびりゆったり子育てとシンプル&スローライフを求めて、家族(夫・子ども4人)で南太平洋の小国サモアに移住し、4年間の南国生活を楽しむ。2001年より、アメリカ合衆国・ミシガン州在住。HP「ぼへみあんぐらふぃてぃ」、サモア在住時の暮らしを綴った電子本『フィアフィアサモア』はでしたる書房で発売中。世界各地からの子育て事情を伝える『地球で子育て! 世界のお父さん・お母さんバンザイ』 サイト運営・管理人。