第11回 2012年フランス大統領選~台風の目になるか。「人民を主役に!」を叫ぶメランション候補

フランス大統領選挙は、いよいよ大詰めだ。4月22日には第1回目の投票が行なわれ、過半数を超した候補者がいない場合、5月6日が上位2人の決選投票となる。台風の目になるかもしれないのが、ジャン=リュック・メランション(60/Jean-Luc MELENCHON)だ。社会党の出身で、2009年に社会党よりもさらに左派の政党Parti de gauche(左翼党)を結成。ここ数ヶ月でメディアでの露出が増え人気が高まり、支持率が大幅にアップしている。彼の人気の背景をみていくと、意外にもフランスと日本は状況が似通っている事がわかる。

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強いパフォーマンスと格差社会の解消

最もポピュラーな大衆紙『ル・パリジャン』(中道右派)が4月12日に最新の世論調査を発表した(※1)。「変化を最も実現する候補」の項目で、メランションが60%とトップに躍り出た。2位は社会党候補フランソワ・オランドで53%、3位が極右・国民戦線候補のマリー・ルペンで35%だった。

メランションの選挙ポスター。「権力をとれ」と書かれている。

これほどの人気を博しているのはなぜか。

真っ先に挙げられるのが、彼の派手で強いパフォーマンスである。「人民を主役に!」「再びバスティーユをとれ!」と、フランス人が好きそうなス ローガンが並ぶ。テレビに出演しても、歯に衣着せない話し振りや容赦ない他者への批判、頭の回転の速さを見せつける。これが何よりも人々を惹き付けてい る。日本でもフランスでも、パフォーマンス力が強い人は人気が高い。

次に、筋金入り左派の経済政策である。「豊かさは分かち合うべきである」が基本、「最低賃金を一月税込みで1700ユーロにする。これは今より時 給で2ユーロの賃上げである」「企業内で最高賃金の設定をするべきである。最低賃金の20倍を超えるべきではない」としている。日本風に言えば、「格差社会の是正」である。いまフランス人が新しい大統領に最も望む事は、生活や購買力の向上であり、だからこそ、福祉を期待できる左派の社会党が優位に立っている。しかし、オランド社会党候補には強いイメージがな い。フランス人は強い大統領を好むのだ。このために、メランションは社会党支持層に食い込んで来たと思われる。

脱原発派で、国民投票を要求

支持者には若者も多い。彼は差別に対する抵抗(レジスタンス)を訴えているからだ。

また、メランションは明確に脱原発派である。今年3月末に行なわれた最新の世論調査によると、3分の2のフランス人がフクシマで起こった原発事故はフランスでも起こりうると考えており、原発へ強い不安を抱いている事を示した(※2)。メランションは「原発の是非を国民投票にかけるべきだ」と訴えている。昨年11月社会党とヨーロップエコロジー緑の党(EELV)は共闘を選択、両党は原発推進の路線を くつがえす政策に一度は合意した。しかし、強力な原発ロビーの反撃にあい、内容が骨抜き化。党首同士がサインした合意書にはあった項目が、社会党 の公式記録では消えているというスキャンダルが起きた。メランションは「社会党もEELVも、結局原発を1基閉めるだけで、後はすべ て存続させるつもりだ」と攻撃(※3)。失望したEELV支持者をとりこむのに成功したと言われる。

そして、彼は左派でありながら、国際的ビジョンに保守色がある。「欧州連合が批准したリスボン条約の破棄」「NATOからの脱退」などを掲げ、これもまた国民投票にかけるべきだとしている。特にNATOは、彼にとってフランスの主権と自由を奪うものであり、新しい世界同盟を創設したら、それは米国から独立したものではなくてはならないと主張する。まるでNATOを脱退したシャルル・ド・ゴールのようである。この点、極右国民戦線や、サルコジを支える中道右派の与党UMP支持者を惹き付ける要素がある。日本はここまで反米色が強く出ないものの、米国からの「真の独立」は、長いあいだ知識人の間で訴えられて来た。

世論調査では、相変わらずサルコジと オランドの2人が争っている。冒頭に紹介した世論調査もしかりである。しかし、1回目の投票では、2回目の決選投票と異なり、現状への批判票が得票につな がる傾向がある。特に浮動票はそうである。だからこそ、2002年には思いもかけずに極右・国民戦線のジャン=マリー・ル・ペンが、すべての事前調査をく つがえして2位に着け、決選投票に進んだ。今回の選挙では、メランションが台風の目になり、このような大番狂わせが生じる可能性は否定できない。日本と似て見えるフランス社会の現状。フランス人は大統領選という直接投票で、どのような意志表示をするのだろうか。

※1 BVAがル・パリジャン紙の求めに応じて4月9、10日に1200人(割当制)に電話とインターネットで調査。
※2 CSAが調査しグリーーンピースが発表。今年3月19-20日に、1001人に調査。
※3 「1基」とは、フランス最古の原発で、ドイツとスイスから国境近くにあるために閉鎖要求が出ているフェッセンアイム原発のこと。

《今井佐緒里/プロフィール》
パリ在住。編著に『ニッポンの評判』(新潮社)、共著に『世界が感嘆する日本人 海外メディアが報じた大震災後のニッポン』『世界で広がる脱原発』(宝島社)。早稲田大学第一文学部卒業。出版社で編集者をつとめた後ニースに渡仏。ニース大学法政治学部を経て、パリ第8大学政治学部(国際関係/歴史専攻)卒業。