第9回 ミラクルパワーでアダルトに?

今年、末息子も21歳となった。米国では21歳で大人とみなされる。長いような短いような、第一子を生んでから通算28年めだ。これで、法的には親の義務は果たしたことになるのかな?それにしても、子どもを育てる中で、ヒヤッとした経験のない人なんてまずいないだろう。振り返ればわたしにも、トラウマになるような経験がいくつもある。

1人、2人、3人、4人……と子どもの数だけハプニングも増える?

忘れもしない、末っ子のお産で入院しているときだった。夫が上3人の子どもたちを車に乗せ産院に向かう途中、もうすぐ到着というところでジケンは起きた。4歳だった長男が、車内に落ちていた尖ったものを手にしていたらしい。気付かず運転していた夫が、ブレーキを踏んだ瞬間、長男は“尖ったもの”で目を刺してしまった。

目から血が出ている幼子を抱えた男は、そのまま産婦人科に駆け込んだ。「目が~血が~」と叫ぶ人を相手に、「ここは産婦人科です。眼科ではないので~」というトンチンカンなやりとりが2階の病室にまで聞こえてきた。騒がしいなと階下に下り、発狂寸前男が夫、目から血を流しているのが我が子と認識し、血の気がひいた。

看護師さんが、大病院をすぐに手配してくれて、夫は長男を連れ直行。残されたわたしは病室のテレビに映し出される『101回目のプロポーズ』の画面をぼ~とみつめながら、「失明したら……」といった妄想をし、震え、涙が溢れた。産まれたばかりの赤んぼも泣くけどそれどころじゃない。出ていた母乳はピタッと止まった。診断まで悪夢のような時を過ごした。幸い、突いたところは瞳を外れていて、最悪の事態には至らなかった。ふだん神頼みはしないが、このときばかりは神にも悪魔にも、ご先祖さまにも感謝した。

しばらくは7歳、3歳、乳飲み子を抱え、4歳児の手術、入院、通院と心身ともにくたくたになる日々を過ごした。今でも末っ子が誕生日を迎えるたび、ドラマ主題歌、チャゲアスの『Say Yes』を耳にするたび、あの震撼のときを思い出す。

こんなこともあった。仕事に出かける夫を見送ろうと、1歳の末息子を抱いて外に出た。夫の忘れ物に気づき、抱いていた子をちょっとだけその場に下ろし、家のなかに要るものを取りに入った。台所の窓からふと外を見ると、よちよち歩きの息子が、車庫からバックしようとしている夫の車に向かって歩きだしているのが見えた。夫からは完全に死角だ。

「キャーッ!!止まって~っ~!!」

これ以上出ないぐらいの叫び声をあげながら、身をはって寸でのところで「よちよち坊」を救った。ほんの一瞬の隙のできごとだった。あと数秒気付くのが遅ければ、「よちよち歩き、父親の車にひかれる」という見出しが新聞を飾ったかもしれない。わたしの完全なる不注意だが、今思い出しても、身の毛がよだつハプニングだった。

突然、床で突っ伏している長男の横に薬の空ボトルをみつけて、うろたえたこともある。甘いシロップ薬なので一気飲みしてしまったのだ。すぐに薬をくれた医者に駆け込んだ。それほど強い薬ではないから、起きるまで寝かせておくよう指示されたものの、突っついても反応なし。かなり心配したが、2日近く爆睡した後ケロッと起きた。

川に転落したトラック

避けられない事故もある。長女が1歳半、親子3人でお盆の墓参りに行く途中だった。対向車線を走っていた大型トラックが、停車中の車を避けようと突然、わたしたちの車線に侵入してきた。夫は、激突を避けようと、とっさの判断でハンドルを左にきった。わたしたちは、車ごとガードレールを乗り越え道路横の小さな川に転落した。落ちていく瞬間は、まるでスローモーションのようだった。「死ぬ」と思った。娘が泣きながら「おっちゃった」と叫んで我にかえった。たまたま、乗っていた車がグリルガードつきの頑丈なトラックで、川も浅かったため奇跡的に軽い怪我ですんだ。

怪我したと知り病院に駆けつけてくれた友達。見舞いというよりはパーティーだった。

子どもの運動会で夫があばら骨を折ったこともあるし、妊娠中に足を骨折したこともある。子どもを乗せて運転していたわたしの車に自転車が激突してきたこともある。末息子がスケートパークで怪我したときは、「この子の腕はもうだめかも」と目の前真っ暗になった。

……とまあ、思い起こせば、枚挙にいとまがない。そう考えると、子どもが無事に大人になるというのは、いやはや、ほとんどミラクルだ。悲劇は前触れなく起こるが、渦中はほんとに辛い。お金もかかる。それでも、今があるのは、文句をいいながらも、愚痴をこぼしながらも、泣きべそをかきながらも、家族が支えあってきたからにほかならない。

辛いことがあるたび、人は乗り越える力をつけていく。乗り越えた数だけ強くもなる。いつしか、「あのとき大丈夫だったから今度も大丈夫」「出口のないトンネルはない」といった、根拠のない自信がついている。きっと、そうやって生き抜き、やり過ごすうちにミラクルパワーも備わっていくのだろう……。

椰子ノ木やほい/プロフィール
「過ぎてしまえば、辛かったこともいい思い出」とは良くいうが、ほんとにそうだ。サモア時代にもいろいろあったが、書き切れないので省略。最近、夫がサモア時代に綴った、『最後の楽園サモアで暮らす』を久しぶりにペラペラとめくった。わが家の歴史の数ページともいえるノンフィクションだが、まるで他人ごとみたいにクスクスと読んだ。わたしがこの親にあたっていたなら、とんでもないなとも……(笑)!