第10回 イイトコドリでスイマセン

アメリカでの暮しがいちばん長くなった。

世帯を持ってから田舎暮らし、南国サモアでの4年間を経て、現在のミシガンにたどり着いたわけだが、「ほんのちょっと」のつもりで日本を出たのでまったく予想外の展開といえる。

こんなに長居してしまった……!なぜだろう?

てっとり早く言えば、「みんな違う」を基本とする、アメリカ流の価値観に大きな不満がないからかもしれない。「納得のいかないことなら無理に合わせなくてもいい」というのは、よけいな葛藤を抱えなくてすむ。もちろん、米国という国家や政治に対しては、思うことは山ほどあるが、それはそれで、わたしはアメリカ人ではないので、住んではいるものの他国のこととして捉えている。こういうのを「いいとこ取り」というのだろうか?

もっとも、同じ12年という年月を過ごした日本の田舎暮らし時代を経たことは、今思うとほんとうに良い経験だった。自分の人生の中で、子どもたちに囲まれ、犬、アヒルや鶏を飼い、畑を耕しながら、自然を堪能するという時を持てた。この体験から得たノウハウはまさに生きる知恵だった。

田舎の人々はほんとうに温かく、困ったことがあれば親身になって助けてくれた。ときにはおせっかいなぐらい干渉されてしまうこともあったが、無関心で世知辛いよりいい。田舎のお年寄りから授かった知識は親から習ったことより多いぐらいだ。

飼っていた鶏が野生動物に襲われたとき、近所のおばあちゃんは、「坂の下で死んどるけど、今ならまだ食べられるから早くしたほうがいい」と教えに来てくれた。「ペットの死」に直面し悲しみにくれていたわたしにとって、この発想には心底驚いたものだが、食べること、生きることの原点を見たような気がした。

犬が子犬を産んでしまい、もらってくれる人を探していたら、とあるおばあちゃんは、「まだ目が開いとらんならビニールに入れて川に流してもええし、穴をほっていけたら(埋めたら)ええ」と真顔でアドバイスしてくれた。あまりに残酷な言葉に腰が抜けそうになったが、それを批難するつもりはない。良くも悪しくも、それはそれで日本の山村で80年、90年を生きてきた人たちの生活の知恵だったのだろうと思えたし、そのような感覚をもって生きている人々がいることも、日本社会の現実の一端と知ることができた。

地方選挙のころになると、まるで当然のことのように、地域が応援する候補者の手伝いに駆り出された。当時は、自身が未熟だったゆえ、深く考えもせず村の付き合いのひとつとして、快く手伝いに応じたが、今考えると、当人の一票の意思を無視する、とんでもない“お役”だったと思う。断れば村八分の可能性もあっただろう。共同体として生きるための因習だ。

これらの経験や記憶のあるわたしからすると、今のライフスタイルは、真逆の世界といえる。他人に不要な干渉はしない。ホームパーティでも主催しなければ、他人が家に訪ねてくることはまずない。望めば活動の場は豊富だが、求めていないことを強要されたり、誘われることはない。町内会や学校のPTAのような義務的に参加すべき役割もない。そんな環境の在り方は、人目を気にせず、信念を曲げず、世の中に流されず、マイペースを保つなどといったことを大切にしたい者には都合がよい。

途中、暮したサモアは伝統文化が根強く、サモア人がルールを守って暮らすにはそれなりに大変な部分も多いと推察できたが、外国人であるわたしたちが暮らす分には、ヒューマニティーあふれる、ゆったり、のんびりペースは心地よかった。子どもたちの教育を考えなければもっと長居をしたかもしれない。

一生住むつもりで建てた日本の家は、今も、「日本人であるわが家の拠点」として維持している。このことは、「帰ろうと思えばいつでも帰ることができる」という安心を与えてくれている。けれど、震災や原発事故を目の当たりにし、自分の意思に関係なくふる里を失う現実も起こりうることを知った今、「絶対的な拠り所」はないと思うようになった。よく、仏教の言葉で、「諸行無常」というが、まさに、この世の現実や存在は常に流動変化するものなのだ。

アメリカでは、ライフステージや自己実現のために環境を変えたり、住むところを選ぶことはあたり前だ。建てたマイホームだって、家族構成が変わるごとに買い換える人もいる。心地良い暮しを送るため、より相応しい環境を求めるのは自然なこと。もし、わたしが日本の田舎暮らししか知らなかったら、このような考え方には到底到達しなかっただろう。

ふる里を思う気持ちはかけがえがないけれど、どこで暮らそうと、「そこならではの良さ」が存在することも事実。日本を離れ16年経った今、いつのまにか、新しい環境に適応する能力を身につけ、前向きに未知の環境に挑んでいくという考え方をごく自然に受け止めている自分に気付く。人って変われば変わるものだ……。

椰子ノ木やほい/プロフィール
「実力さえあれば応援する」というアメリカの教育環境の懐の広さに感謝している。わが家は子どもたち全員がなにがしかの返済不要な奨学金を受け取っている。多額の学生ローンを抱えて困っているアメリカ人の学生も多いというのにありがたい話である。外国人でありながら、申し訳ないと思いつつも、その恩恵をいつか社会に還元できる大人になってくれたらいいと思う。子どもが多いわが家にとっては、そんなお値打ちな教育環境のしくみも長居の理由かもしれない。