第1回 父の声

2014年がスタートして間もなく1ヶ月。
2013年は、皆様にとってどんな年でしたか?

私には、幾度となく「職人」という言葉が頭をよぎる年となりました。

というのも、2012年から昨年にかけて、日本ではスペインを紹介するガイドブックの出版・改訂ラッシュ。私も次々といただいたガイドブック製作の仕事で、職人の店へ撮影に行く機会が増えたのです。そればかりではなく、職人が作る上質な鞄を売る店からは「ぜひ日本人向けの広報を手伝ってほしい」と言われ、日本のマーケティング会社からはスペインの職人についてのリサーチを頼まれることに。私が住むトレドでは毎年、国内はもとより欧州中の職人が自慢の作品を持って来て販売する「職人祭(FARCAMA)」が開かれるのですが、昨年は出展者であるフランスの版画職人から「意味を教えてほしい短歌がある」と連絡も受けるなど、ことあるごとに職人との接点がありました。

また秋には、旅の仕事でご一緒した日本の建築家と、職人の話で盛り上がったのです。

私にはどうしても触れたい話題がありました。

「実は、13年前に亡くなった私の父も職人だったんですよ」
「ええええ、何の?」
「建具(たてぐ)です」
「そりゃまた、なんと」

一度この話を始めたら止まらなくなり、私の言葉も変わります。江戸っ子訛りの職人弁がよどみなく出てきてしまうのです。深川生まれの父が私をイタコにして話しているかのようになってしまいます。

タオルのねじり鉢巻を常用していた父には腹巻きと草履の姿が何よりも似合っていました。そんな父と、母が「仕事師」と呼んだ我が家に集まる職人たちが、私にとっての人間の見本でした。大人と言えば、彼らと学校の先生、そしてたまに家に来る親戚くらいしか知りませんでした。お昼時間には、母が作ったみそ汁を飲んだ後のお椀を灰皿にし、寝そべって漫才を見て、仕事時間が来ると、工場(こうば)の機械で木を削るおじさんたち。大きな音をたてる機械の横で、おじさんが木に機械の歯を当てて穴をあけるところや、木を削れば鉋屑(かんなくず)が吹き出すところを見るのが大好きでした。

私たち姉弟の遊び場でもあった工場は、材木とおがくずと木片に溢れ、木の香りに満ちていました。

「工場ではよく木切れで筆箱作ったりしたもんです。ボンドを指に塗っちゃ乾くまで待って。剥がすの、おもしろいんすよ。 勝手に鑿(のみ)や鉋(かんな)なんか使っちゃ、指切って叱られてね」

私の思い出話は止まりません。
親指の付け根にはまだ傷の痕が残っていて、爪で押すと浮き上がります。

「河合さん、最近の大工さんは、言い値で仕事ができるんですよ。人がいないからねぇ。職人さんたちにとって、いい時代ですよ!」
と建築家さんが教えてくれました。

「ほお、そうなんすかぁ」

職人仕事を求める施主が増えているという話は、喜ばしいことです。

父たちは、大工の棟梁を筆頭に仲間で「組」を作って仕事を請けていました。父の晩年の頃はメーカーに押され、昔ながらの仕事が減ったと聞いていました。

「カズ、建具屋ではもう飯ゃ食えねえから、就職しろや」
店を継ぐと言い張る弟を説得した父は67歳で廃業、その2年後に他界。

鳶(とび)、左官、畳屋、電気屋、経師屋(きょうじや)さん……。
いつもうちに出入りしていたおじさんたちはどうしてるんだろ?

ところで、スペインの職人を取材する仕事が増えたのは数年前からのことです。

ファッション雑誌やブランド物を扱うムックの仕事で、世界的に有名なスペインの靴作りやモノ作りの現場を訪れては、デザイナーの素顔、熟練工の見事な技、そして「工場」が地元にもたらす経済効果について貴重な話を伺う機会に恵まれました。

スペインは未曾有の経済危機。素晴らしい品質の靴やカバンで、なんとか経済を立て直せないものだろうか?

ぼんやり考えている時、空の上から懐かしい声が響いた気がしました。

「職人仕事を、おめえが紹介しねえで、誰がやんだよ?」

そう言われてみれば、そうかもしれないが。

「見ろよ、これがおめえを育てた黄金の腕だぇ!」

と言っては右手を突き上げて自慢していた父。その腕のおかげで大学まで行かせてもらったけれど、父娘の葛藤もものすごくて。私の肌の裏、骨の髄まで、愛と憎悪と反抗と尊敬がしみ込んでいます。自分の中で何十年と繰り返して来た対話を整理して、脱皮する時期が来たのでしょうか。

「あのぉ、スペインでステキな作品を作る職人とその世界を紹介したいのですが」

と、地球丸編集部におずおず相談したら、「ぜひどうぞ!」と、二つ返事で書く場をいただきました。かたじけないです。乞うご期待!

そういうわけで皆様、 連載をはじめます。この1年間、どうぞよろしくお願いいたします。

河合妙子(かわいたえこ)/プロフィール
河合妙子/ライター、フォトグラファー。スペインのトレド在住。近年、職人を紹介した仕事は、BS日テレの番組『大人のヨーロッパ街歩き』、JTBパブリッシングの『ララチッタ』、『るるぶ』、ダイヤモンドビッグ社『aruco』、『地球の歩き方』、成美堂『空旅』。主婦と生活社『ナチュリラ』やNY発のファッション誌『WWD』では数々の靴工場を取材。宝島ムックではチュッパチャプスの本社も訪問。スペインの奥の深いもの作りの世界に唸る日々です。