第4回 イスラムの伝統工芸ダマスキナードの聖地、トレドで3
写真左:デコレーション用の小皿。アラブ文化独特の左右対称が洗練されたデザインに
写真右:ダマスキナードを中央にあしらった大柄なペンダント

ダマスキナード歴35年のホセさんが、明るく元気な妻パロマさんと切り盛りするお洒落なお店「アタウヒア」。店先をアトリエにして、指先の細かい芸を見せるホセさんの仕事ぶりに 吸い寄せられて店内に入れば、ずらりと並んだおしゃれなデザインのアクセサリーや金銀の象眼模様が、煌びやかな輝きでお客様を迎えてくれます。

「これも、すてきね!」

入り組んだデザインのバランスが絶妙な、扇形のブローチ

柱や壁一面にかけられた作品の一つを指差したところ、

「それ、プライベートコレクションでね。アンティークなんだ」

そういうとホセさんは、今度は引き出しからしわくちゃになった紙袋を出し、中身を作業台に広げました。たくさんの小さな作品が出てきました。黒い下地にレトロな花の絵。

廃業した工場から譲ってもらったという60年代の
レトロなダマスキナード。ボールペンのペン先ほどの大きさだ

1960年代に作られたというポップでかわいい作品で、ペンダントにもイヤリングにも使えそうです。「昔のアラブの伝統」という固定観念で見がちなダマスキナードですが、時代のセンスが反映されている50年ほど前のビンテージは、なんだか新鮮。

「70年頃は、アメリカ人のお客さんが多かったな。スペインはモノが安かったから、若造がさ、剣を100本もまとめて買っていくこともあった。トレドから、アリカンテやマラガ(スペイン南部のリゾート地)に行って店を構えた人たち多かったな。ボクも夏、 よく行ったものさ。仕事したのに給料が残らない。リゾート地だから、稼いだ分を遊びに使っちゃったのさ!」

バルセロナやバレンシアなど地中海沿岸で、当時のフランコ政府がリゾート開発に着手したのが60年代。その頃から、スペインの地中海沿岸は、太陽を求めるバカンス客がヨーロッパ中から集まるエリアになりました。トレドのダマスキナードは、彼らの間で飛ぶように売れたのです。

国策であるこの観光開発をテーマにした映画を見たことがあります。ベレー帽をかぶって羊を追っているようなおじさんたちが、観光客のためにキャバレーを開こうと踊りを覚えるセクシーな女性たちにドギマギし、村がハチャメチャになっていく様子が、ペーソス溢れた映像で描かれていました。

観光客の中でも、とりわけアメリカ人は羽振りがよかったことで有名です。1960年にケネディがニクソン候補を破って大統領に就任。ベトナム戦争が泥沼化する前の話です。

「ボクのオヤジは、 機械化の打撃で工場を閉じて、2 年間ほどアメリカでダマスキナードのビジネスをしたんだ。毎月、1500ドル送金してくれたんだけど、母と俺たち兄弟5人、おかげでずいぶん裕福に暮らせたんだよ」

「ホセのお父さん、アトリエやめちゃったの?」

金と銀の糸が埋め込まれた宝石箱は、
金襴緞子(きんらんどんす)と呼びたくなる美しさ

「うん。73年に、ダマスキナードを大量生産する機械が登場してから、手作りの職人はあっという間に激減したんだ。1人のオーナーが金を儲けて、多くが巷をさまよって。石油ショックの頃だよ」

「まあ、(注)石油ショックが影響したとは!」

石油の値段が、1バレル3.01ドルから最終的に11.65ドルへと4倍にもつり上がった時代。私はまだ小さかったのですが、日本ではテレビや新聞の大騒ぎを覚えています。同じ頃、前代未聞の人質事件や、仲間たちを残酷な方法で殺害したことで有名な浅間山荘事件に対する騒ぎが尋常ではありませんでした。子どもながら、時代が移り変わる瞬間を漠然と感じていました。あの危機は、トレドの職人たちをも直撃していたのですね。世界はやっぱり繋がっているのですね。

機械化vs人間の手。手っ取り早く儲けるか、丹精を込めた作品の価値で勝負するか。手先で勝負する職人にとって避けられないテーマが、 ここでも日本の職人から仕事を奪ったのと同じ不気味さで渦巻いていたわけです。

「けどね、日本の観光客も凄かったんだよ。80年代からだったな。ひとつの団体だけで、何十万ペセタ(数十万円)も買物をしたんだから!」

1日の売り上げが、ざっと数えても百万円を超えた計算になります。それが365日とは!

「そんな金額、今じゃ考えられない!」

ホセさんの店「アタウヒア」付近の風景。
遠くには高さが92メートルもあるという
トレドのカテドラルの塔が見える

「湾岸戦争がすべてを変えたよ。90 年になったばかりだったね。あれが世界の不況の元凶だね」

ダマスキナードの歴史や魅力など、「伝統工芸」に焦点を当てた話や、パロマさんとの出会いなど、記事に書きやすいことをインタビューするつもりで来たのに、まさか世界経済に話題が飛ぶとは 想定外でした。しかし、面白い。

「あなた、話しがあちこち飛んでるから、タエコが困っているじゃない。こういうことはシモンさんに聞くといいのよ。あの人、何でも覚えているのよ!」

パロマさんには、天井に目を向けて数字を勘定している私の苦心がわかったようです。ホセさんも頷いています。

「OK、 明日の朝、また来るといい。彼にお願いしておいてあげるよ!」

[注] 1973年10月6日第四次中東戦争が勃発。ペルシア湾岸の6ヶ国が原油公示価格を1バレル3.01ドルから5.12ドルへ70%引き上げ、さらに11.65ドルへ引き上げると決定。原油生産の段階的削減、イスラエルが占領地から撤退するまでイスラエル支持国(アメリカ合衆国オランダなど)への経済制裁(石油禁輸)などを相次いで決定した。http://ja.wikipedia.org/wiki/オイルショック」より。

河合妙子(かわいたえこ)/プロフィール
ライター、フォトグラファー。起業家。トレド(スペイン)在住。スペイン、パリ、ロンドン、北欧などのインテリアやガイドブックの撮影・執筆のほか、人物インタビューなど多数。2009年に起業し、スペインと日本・台湾の企業間のビジネス・マッチングや視察旅行も行っている。先日、トレドの新しいカフェ「Los Virtudes」からオープニング記念の写真展を依頼され、現在開催中です。トレドへご旅行の際は、ぜひお寄りくださいね!