第10回 行きつけの国~その7インドネシア~
ミアンガス島での歓迎の踊り

フィリピンをしのぐ世界一の群島国家インドネシア。その島の数、1万3466。2013年まで島の数は1万7508ということになっていたのだが、インドネシア地理空間情報局が数えなおしてみたら4千以上少なかったそうだ。おおざっぱ、いや、おおらかなのである。

同じく人種がマレー系、言語がオーストロネシア語族の隣国フィリピンとインドネシアはなんとなく雰囲気が似ている。これだけ島がたくさんあっても、運び屋としてフィリピンにはマニラとセブにしか行かないように、インドネシアにはジャカルタとスラバヤにしか行くことがないところも同じだ。

両国とも国に対してよりも島に対する帰属意識が勝っているように思える。征服者がやってきて初めて国の概念が生まれた。特にインドネシア語は、第二次世界大戦中に日本軍が普及を進めたマレー語を基にした人工語である。

最大の違いはフィリピンがアジア唯一のカトリック教国であり、インドネシアが世界最大のイスラム人口を抱える国であることだ。フィリピン南部のミンダナオ島とパラワン島はイスラム教なので、すでにそこからインドネシアが始まっているような気もする。

フィリピンのボホール島とインドネシアのスラウェシ島には同じメガネザルが生息する。ミンダナオ島特産のマランは、ちょうどドリアンとジャックフルーツを足して2で割ったような果物だ。インドネシアでよく見かけるサラックは、英語ではスネークフルーツと呼ばれ、茶色い皮がうろこのようだ。マランはインドネシアで見たことがなく、サラックはフィリピンで見たことがない。

インドネシアでもっともフィリピンに近い島に行ったことがある。インドネシア領ミアンガス島からフィリピン領の島を臨んでも、そこが国境だとはとても思えなかった。生物地理区を分けるウォーレス線は、インドネシア上を走っている。動植物の分布も人間の文化も、島をひとつずつたどっていくにつれて、少しずつ変わっていくものなのだろう。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が6年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2014年現在、46カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

以下、ネット上で読める執筆記事
春秋社『WEB春秋』「ここではないどこかへ」連載(12年5月~13年4月)
カジュアルプレス社『月刊リアルゴルフ』「片岡恭子の海外をちこち便り」連載中(08年8月~)
東洋マーケティング『Tabi Tabi TOYO』「ラテンアメリカ de A a Z」連載中(11年3月~)
朝日新聞社『どらく』「世界のお茶時間」ハーブの国の聖なるお茶 Vol.22 ペルー・アンデスのマテ茶(10年2月)
朝日新聞社『どらく』「世界の都市だより」リマのひと マテオの口元ほころんだ(06年11月)
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