第9回 移民VS国際結婚 (vol.1)

異国に移り住んで約2年。苦手な外国語をやっとの思いで習得し、ようやく同じ苦労をしている外国人仲間に恵まれた――と思ったそんな時、その外国人仲間から自分が話す言葉を笑われ、はやしたてられたらどんな気持ちがするだろう?フィンランド人の夫だけを頼りにブラジルから移住してきたアンドレーサは、来た当初はフィンランド語はおろか、英語も話せなかった。語学コースに通ってかろうじて話せるようになったフィンランド語には強いラテン訛りがある。フィンランド語で「ありがとう(キートス)」は「キートシュ」と言い、「知ってる(ティエダットコ)?」は「ティエダーチコォ?」になってしまう。

ペルヘケルホ(ファミリーセンター)に通ってくるようになって、やっと仲良くなれたコソボ人達も恐らく、最初のうちは礼儀正しく聞き流していたのだろう。それがある日突然、ちょっと仲良くなったと思ったら緩んでしまったというわけだ。「ティエーダーチコォって何、アンドレーサ?そんな言葉辞書にも載ってないわよ」とおどけるミモザの表情が頭から離れない。あまり仲良くなかったシポニアならまだわかるが、コソボ人の中ではアンドレーサと一番仲良しで、フィンランド語もアンドレーサと同じレベルの彼女があんなふうにはやし立てるだなんて……。突然のことだったので、面食らうばかりだったが、時間が経つにつれ私の中では怒りという感情が固まってきた。

そして、あの場では一緒に笑っていたアンドレーサも、ケルホからの帰り道に二人きりになるや否や「今日のあれ、どう思う?」と口火を切った。そして私の答えを待たずに「私のフィンランド語、そんなに下手くそ?面白い?」と涙目で迫ってくる。「そんなことないよ。現にちゃんとこうして私とフィンランド語で話しているじゃない!」とかぶりを振った。

実際にアンドレーサのラテン訛りは強い。でもコソボ人だってコソボ訛りが強い。日本人が話すフィンランド語は、母国語との発音がだいたい似ていることもあって、そうひどくは訛らないが、RとLがごちゃまぜだ。みんな目くそ鼻くそなのだ。だからこそ、私だったらお互いの下手くそなフィンランド語を笑いの種にはしない。しかし、だからこそ、コソボ人達は「どうってことない、みんなお互い様なんだから、笑っちゃえ!」というつもりなのだろう。

「フィンランドではなかなかフィンランド人のお友達が作れなくて困っていて、やっと外国人のお友達に恵まれたと思ったら、こんなことに……」としょげかえるアンドレーサにかける言葉が見つからなかった。「これからもケルホでフィンランド語のことで笑われるのかしら?」と不安がるアンドレーサに「あのね、あなたさっき自分でも笑ってたでしょ?それだと相手も面白いんだと思って続けちゃうから、思い切って『嫌だからやめて』と言わなきゃ。私も手伝うし、パウラやメリアにも相談してみる」と私は請け負った。気分は小学校の教室の中である。いじめは悪気のない小さな笑いが火種となって手に負えなくなるもの。先生に言いつけたら止められる?――そんな確証はどこにもない。

家に帰ると、「どうだった難民キャンプ?」と夫がまた、おどけてきいてきた。明るいニュースではないので話したくはなかったが、アンドレーサは夫の親友の妻なので、簡潔に報告した。言い終わらないうちに夫の頭がカチッと鳴った。「それはれっきとした『いじめ』だよ。人が人の弱点を突いて笑うのはいじめ以外の何物でもない」。スイッチが入った夫は、「だから僕は言ったんだよ。君は単なる外国人同士の楽しい集まりだと思っているかもしれないけど、一口に外国人といってもそれは様々なバックグラウンドがある。歴史上コソボ人がアルバニア人からどれだけ痛めつけられてきたか分かっている?そんないきさつがあって、好きで自分の国を離れたわけじゃない人たちが国際結婚でのほほんと移り住んできた君たちと同じような喜怒哀楽を共有していると思う?」と一気にまくしたてた。……チョットマテ夫、「国際結婚」が「のほほん」?「のほほん」だとぉ――?!!

靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター/ジャーナリスト。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、結婚出産を機に2004年よりフィンランドへ移住。『Love!北欧』『FQ』』などの雑誌・ムックの他、『PUNTA』、『ジャポジェンヌ』『WEBRONZA』などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』などがある。