第6回 イスラムの伝統工芸ダマスキナードの聖地、トレドで5

夫婦二人三脚でダマスキナード作りに捧げた半生が聞けることを想定して、ホセさんとパロマさんに会いに行ったところ、意外にも経済の話に発展したスペイン職人物語。その流れで、12年間も顔見知りだったシモンさんに初めて正式に挨拶をすることになったのですが……。

シモンさんは、1枚の写真を見せてくれました。今より少し若いシモンさんの変わらぬ笑顔の横に、1人の日本人女性。

「彼女はね、東京にお店を持っていて、毎年来てくれてね。よくオーダーしてくれたんだよ、ここからここまで、全部日本に送ってって 」

シモンさんが指で示したのは、店の入り口から奥の棚まで。

「日本」という国から来た観光客が、トレドに残したインパクト。私はその迫力を感じて、しばし立ちすくみました。そして考え込んでしまいました。

私たち旅行者の中で、自分が世界経済の一端を担っていると自覚のある人は、どのくらいいるのだろう、と。そもそも私がまず、そのひとりです。日本を出る前も出てからも、「日本の観光客が支える経済」について思いを馳せたことなどあったでしょうか。

これまで私は、確かに多くの国を旅してきましたし、 日本語で声をかけ、お土産を買うように手招きしてくれる人々にも、数えきれないほど会ってきました。海外では「日本」のことを褒めてくれる人たちが多いことには気がついていましたが、私を前にしたお世辞くらいにしか考えていませんでした。

観光客が支えないと廃れてしまうかもしれない伝統工芸と世界経済の繋がり。彼らの話は、私を、その深さを考える場所まで連れて行ってくれたのでした。

それから数日後の朝、コーヒーを飲みながら、コンピューターにダウンロードした写真を見ているとき、私の携帯電話に一通のメッセージが届きました。

再会の晩に話が弾んだカフェ、「ボテロ」

「タエコさん、あたし、今、トレドにいるんです! よかったら会いませんか?」

びっくりして、口に含んだばかりのコーヒーを吹き出しそうになりました。

差出人は、5年間、音沙汰のなかったエミコさんでした。

なんと言う偶然!

エミコさんは、ダマスキナードの勉強でトレドにしばらく滞在していたことがあるのです。

返信を打つのがもどかしく、エミコさんに電話してこう告げました。

「あのさ、今夜会おうよ! また明日なんて言っていると、会えなくなるものなの」

会う場所と時間を決めて通話を終えるやいなや、服を着替え、疾風のように家を飛び出した私は、時間より早く到着してしまい、広場を行ったり来たり。時計台と携帯電話を交互に見ては、キョロキョロ。

やがて、買い物袋を両手に提げたエミコさんがこちらに向かって走って来るのが見えました。互いに駆けつけ抱きついた後はもう、堰を切ったように話が止まりません。私たちは話す順番を競うかのようにおしゃべりしながら石畳の坂道を下り、静かなカフェに入りました。

友達とみんなで記念撮影。左端がエミコさん、右がワタクシ。

前回の滞在から日本に戻った後、創作活動が軌道に乗り、様々な新しい展開があったことを教えてくれたエミコさんは、私の話を聞くや、 白い壁一面に歴代闘牛士たちの写真が張り巡らされたレトロなそのカフェで、 素っ頓狂な声を上げました。

「ええっ? タエコさんがダマスキナード?」

共通点などまるでないこの取り合わせを聞いて、大きな目をさらに丸くしていています。

「いろいろ知りたいの。ねえ、エミコさんは、どうしてダマスキナードを始めたの?」

羽ばたく鳥のダマスキナード。エミコさんが2011年に日本で開いた個展の招待状。

「あのですね、あたしの故郷の熊本に、肥後象眼っていうのがありましてね」

もともとアクセサリー作りが大好きだったというエミコさん。集中して好きな作品を作っていくうち、知らぬ間にはまっていたのが、故郷熊本の伝統工芸「肥後象眼」だったそうです。

調べていくうちに彼女は、「肥後象眼」とよく似ている技術がトレドにあることを突き止めました。

約400年前、藩主に仕えていた鉄砲師が銃身や刀の鍔に象嵌を施したことが始まりといわれている「肥後象眼」。江戸時代には、刀の鍔(つば)やキセルなどに金細工が施され、江戸のダンディズムとして愛用されていたといいます。400年前と言えば、日本とスペインの交流が始まった時期です。興味深いことに、今年は日西友好400周年。両国各地で記念行事が催されています。

トレドのダマスキナードは、西洋刀剣の鍔としてもトレドで生産されてきましたから、それが南蛮渡来の工芸品として、キリシタン大名の多かった九州に根付いたことは不思議ではありません。美意識の高い大名が手の器用な職人に真似て作らせたであろうことも、容易に想像できます。

「日本にはないテクニックを学びたくていても立ってもいられなくなって、トレドの学校で教えている師匠を見つけて、弟子入りを頼んだのというわけなんですよ、タエコさん」

「それが、5年前だったというわけね」

彼女がひとつ話し終えるたびに、私が質問を浴びせ、彼女がしてくれる長い回答にまた質問。

「まちがいなく、エミコさんは、トレドのダマスキナードの審美眼を持つ数少ない日本のアーティストだわ!」

質疑応答を何度か繰り返したあと、私は叫びました。

「お願い! 明日、一緒にショップを回って! そしてどれが本物か教えて!」

(左)お友達の手作りだという十字架ビスケットは、エミコさんからのお土産(右)エミコさんとの再会を祝って、靴の記念撮影。ハイチーズ!

河合妙子(かわいたえこ)/プロフィール
トレド在住のフォトグラファー、ライター。そして、 未曾有の不況で失業する友人たちが仕事を見つけられるように、スペインと日本がもっとビジネスで繋がるようにと祈りつつ、ビジネス・マッチングで起業して5年目。目に見えない縁というものが、人と人の繋がりという形になって出現するということを体験中。車の運転免許は勉強中。颯爽と車を運転する自分を夢見る日々!