第5回 本には人の人生を変える力がある。そんな本に子どもたち皆が出合えますように

日本には「推薦図書」というシステムがあるが、ニュージーランドにはそれがない。推薦図書というと、いかにもいい子ぶった内容なんじゃないかと、子どものころ敬遠していた私だが、この国に来て親になれば変わるもの。「推薦図書があったらなぁ」などと思うようになった。娘が小さかったころ、どの本が面白いのか、娘に適しているのかを見極めるのは、英語が母国語ではない新米母の私にとっては難しかったのだ。

「ブック・アワーズ・フォー・チルドレン&ヤングアダルト」に選ばれた本は納得の面白さ

そんな私に本選びの指針を与えてくれたのが、幾つかある児童書のコンクールだ。中でもニュージーランド・ポスト主催のブック・アワーズ・フォー・チルドレン&ヤングアダルトは、いつもその結果発表を楽しみにしている。その年に国内で出版された書籍の中から最も優秀な本に、年に1度賞が贈られる。ヤングアダルト・フィクション、ジュニア・フィクション、ノンフィクション、絵本の4部門のほかに、新人賞、マオリ文学賞などがあり、これを管理するブック・アワーズ・トラストから指名を受けた、各分野で活躍する著名人が審査を担当する。さらには、好きな本に子どもたちが直接投票して決まるチルドレンズ・チョイス賞もある。

今年のブック・アワーズ・フォー・チルドレン&ヤングアダルトで、最優秀賞と絵本賞の両方に輝いた『The Boring Book』と作者のヴァサンティ・アンカさん。「つまらない本に書かれ、毎日の生活に飽き飽きしていた文字たちはある日、本の外に飛び出した。さて、世界はどうなる?」というのがストーリー。子どもだけでなく、大人も楽しく読め、決して「つまらない(boring)」とは言わせない本だ

最終審査に残った作品、受賞作品共に、その多くが子どもの興味をそそり、心を捉えるものばかりだ。チルドレンズ・チョイス賞には、必ず理屈抜きに、そこぬけに楽しい内容のものが選ばれる。2005年に最終審査まで残った、太陽にまつわる先住民マオリの伝説の絵本、『Taming the Sun』、2008年にジュニア・フィクション賞を受賞した、ヘビとトカゲの友情の物語、『Snake and Lizard』、その続編で2010年に同賞を受賞した、『Friends: Snake and Lizard』は、私が選んで娘が気に入ったもの。少し大きくなってから、娘自らが選んだ本の中にも、ブック・アワーズ・フォー・チルドレン&ヤングアダルト受賞作品がちらほらある。

バウチャーを使って買った本が、あなたの人生を変えるかも

ニュージーランド児童文学関連のイベントのうち、こうしたコンクール以外で大きなものに、「ニュージーランド・ブック・マンス」、つまり読書月間がある。掲げる標語は、「Books change lives(本は人生を変える)」。毎年、この標語のもと、各界の有名人から選ばれたアンバサダーが自分と本の結びつきのエピソードを披露する。去年のアンバサダーのひとり、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの映画監督で知られるピーター・ジャクソンさんは「18歳の時、『指輪物語』を読んで、これを映画化したらすごい映画になるぞ、と思ったけれど、まさか自分がそれを創ることになるとは夢にも思わなかった」と自分と本のつながりを語る。

読書月間中は、各地の図書館や書店で多くのイベントが行なわれるが、目玉は何といっても、5NZドル(約423円)分のブックバウチャーだ。子どもたちは主に学校でこれをもらい、自分がほしい本を買う時の足しにする。第1回でもお話ししたように、この国での本の値段は決して安くない。なので、例え5NZドルといえどバカにならない。とても助かるのだ。バウチャーの利用者は年々増えており、2012年には14万人以上がこれを利用して本を手に入れており、人々に読書の素晴らしさを広めるのに大いに役立っている。

ブックバウチャーは子どものためだけではない。協賛施設や書店で手に入れることができ、
大人もこれを使って、本のディスカウントを受けることができる


家庭の経済状態に関係なく、子どもたちに本を

本を読む楽しみを知ってもらうための活動は地域単位でも行なわれている。首都ウェリントンの近郊アッパーハット市で子どもたちのために行なわれているプログラムが、「ア・ブック・イン・エブリ・バックパック(どの子の学校かばんにも本を)」。これは、同市の図書館が学校を通して、図書館利用のための個人カードと、本を入れるかばんを子どもたちにプレゼントするものだ。

先に紹介した、5NZドルのブックバウチャーが配られるのは年に1回のことなので、本に興味を持ってもらうきっかけにはなるが、子どもに本を日常的に読む習慣をつけさせるのには不向きだ。この国で常に本に接する生活を送ろうと思ったら、図書館に通うのが一番。家庭の経済的事情にかかわらず、本を手にできるのが図書館だからだ。しかし、中には本の良さを知らずに育った親もおり、そんな親は図書館を利用するという発想すら持たないことが多い。それでも、学校という別の経路を通して、図書カードを手に入れた子どもは図書館に行きたがる。それなら、と親も重い腰を上げるというわけだ。現在市内13校のうちの12校、3,000人の子どもたちがア・ブック・イン・エブリ・バックパックの恩恵を受けている。

ア・ブック・イン・エブリ・バックパックは、2010年、図書館内で、工夫を凝らしたアプローチを行なっている
活動に贈られる、3M・エクセレンス・アンド・イノベーション・アワードを受賞している

昨今、各国で貧富の差が広がっている。そんな世の中だけに、どの子どもたちにも公平に本を読む機会が行きわたるようにしたいもの。ニュージーランド・ブック・マンスの標語、「本は人生を変える」は間違っていない。というのは、筆者が将来なりたい職業を決め、それを専攻すべく大学に入ったのは、小学校5年生の時に校内の図書室で1冊の本に出合ったから。結局今は当時の夢とは違う仕事をしているのだが、それでもその本とその後10年ほどの自分がやってきたことを振り返ると、満足できる。こんな風に、子どもたちが自分の運命を変えるかもしれない本と出合えるといいなぁと思う。

クローディアー真理/プロフィール
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。文化、子育て・教育、環境、ビジネスを中心に、執筆活動を行う。記事中紹介した『Taming the Sun』をはじめとしたマオリの伝説の絵本を日本に紹介したいと常日頃思っているが、実現に至っていない。どなたか、出版社をご紹介ください!