第12回 シポニアと語る。

月日が経つのは早いもので、ケルホに通い始めてもう7ヶ月。ケルホでは、私が仲間や職員達とおしゃべりに夢中になるのが嫌なのか、次男はケルホの部屋に入るとよく泣いた。恐らく同じ理由で、必ず朝一番に泣く子どもがいる。それは、シポニアの娘のオルサだった。私達は毎朝それぞれの子どもをあやしながら、オルサのことを「泣く子一号」と、次男のことは「第2のオルサ」と呼んだりしてふざけあうことが多かった。

シポニアと語り合った、ケラヴァの街の一角。その後、立派な馬のモニュメントは取り払われてしまった

しかし、そんなにぎやかな朝も月曜日から木曜日まで。ケルホがお休みの金曜日には、夫に長男をプリスクールまで送り届けてもらい、私は次男といつもよりもゆっくり朝食をすませ、あてどなくベビーカーを押しながら街へ行く。長男をまだ保育園に預ける前にも、似たような朝や昼をいくつも過ごしたが、ケルホに通っているおかげで、“あてどなく”ぶらぶらしていても知り合いにばったり会うことが多くなった。その日にスーパーマーケットに囲まれた小さな公園で「モイ!」と声をかけてきたのはシポニアだった。

声が元気なわりには、顔が青ざめていたので「どうかしたの?」と聞くと、バスを乗り継いで、ソシアーリトイミスト(社会福祉局)に書類の手続きに行ってきたのだそうだ。「ふぇええ」となおもため息をつくので、「なんで? そんなに大変だったの?」と聞くと、「私、こういうの苦手なのよぉ。フィンランド語も上手じゃないからそれはもう心配で、まともに寝てもいないの!」と叫ぶ。圧倒されて口をあんぐり開けていると、「今まではね、こういうのは私より先にフィンランドに住み始めて、毎日フィンランド語で仕事をしている夫が全部やってくれてたのよ。私は結婚してこっちに来たらもう、二人子どもを産んで育児しているのが精いっぱいだったじゃない。」と続ける。そこで「でも今回はあなたが手続きに行ったんだ」と挟むと「そうよ、夫に言われたの。『いつも僕に頼ってばかりいないで、もういい加減に、君も何かやれよ!』って。もう、こういう時の彼って気性が荒いコソボ人丸出しでおっかないのよ!」

同じくあらゆることでフィンランド人の夫のお世話になっている私は、動揺を隠しながら「まぁ、こうしてちゃんと一人で行って来れたじゃない!」と言って背中を叩いた。「まぁねぇ! ケルホで毎日フィンランド語でしゃべって練習したおかげかな?」安堵したのか、シポニアは鼻の穴を膨らませた。「そうよ、こうやってフィンランド語でできたんだから、すごいじゃない。私なんて、まだ夫に頼ってばかり……というか、私がもたもたしている間に夫が全部ちゃっちゃとやってくれちゃうものだから、肩身が狭くて」と愚痴ると、「まぁ、それじゃあミランダみたいじゃない?」とシポニア。

ミランダは、ケルホに通い始めた頃には良く見かけたが、次第にケルホに顔を見せなくなってきたコソボ人の一人である。「ミランダなんてさぁ、どこに行くにも旦那が車出してくれてさぁ、役所で何かあれば、私みたいにバスで行くことなんてないし、ケルホでさえも家から車出してもらって通ってたのよ!」「ひえ、ケルホまで?」「そうよ、まるでプリンセッサ(お姫様)!」さすがにケルホへの往復ぐらいは自分でこなしているので、私は胸をなでおろした。それにしても、今聞いたのは明らかにミランダに対する悪口だったので「あなた……ミランダのことが嫌いなの?」と聞くと、シポニアは「そうねぇ、嫌いとまでは言わないけれど、同郷だからってみんなと仲良しってわけではないわ」と断じた。やっぱりなぁ~という気がした。私だって、日本人の知り合いと毎日関わっていたら、それは中には合う人や合わない人がいただろう。

「例えばね、ハズビエ。」シポニアの口から出てきたのは、意外な人物の名前だった。「ただでさえおしゃべりなのに、ケルホでフィンランド語で話すと一人で私たちの分まで全部しゃべっちゃう」確かに、シポニアが言う事には一理ある。コソボ人の中で最もフィンランド語ができるハズビエが、頼まれもしないのに通訳してしまうと、他のコソボ人達のフィンランド語を使う機会が奪われてしまう。でも、ハズビエには悪気はない。私はハズビエのことが好きだったので、ショックだった。

シポニアと打ち解けられた一方で、一見仲睦まじくしていても、国が同じというだけでは心が通い合う友を得るのは難しいものだと再認識させられた。また血の気が多く、「ねたみ」という、日本人なら秘めておきたい感情にもオープンな、コソボの民族性がラテン的であることも、今さらながら納得されられた。ラテン的な彼女が、これまたラテンでブラジル人のアンドレーサとぶつかることは、言われてみれば、むしろ当然のことだったのかもしれない。アンドレーサは、かれこれ一カ月、ケルホに顔を見せてない。

靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター/ジャーナリスト。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、結婚出産を機に2004年よりフィンランドへ移住。『Love!北欧』『FQ』』などの雑誌・ムックの他、『PUNTA』、『WEBRONZA』などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』などがある。※Gakken Interior Mook『北欧ヴィンテージとセンスよく暮らす』では北欧3か国からの取材執筆を担当。好評発売中です!