第4回 思い出の取材秘話

さて、第2回・3回は列車の旅のあれこれについて(ほとんどが失敗話だけど)語ったが、今回は『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』取材時の思い出をご紹介したい。

取材のためにイギリスに1か月弱滞在したのは2011年6月のことだった。イギリスの6月と言えば一年で最も暖かく、お天気が良く、過ごしやすい初夏の頃。バラが咲き乱れる庭園を歩いたり、パブのテラス席でビールをあおったりするにはピッタリの時期だ。しかし、当時日本は東北大震災の直後。その年の2月には渡航を決めていたものの、3月の震災に精神的に大打撃を受けた私は、とてもイギリスに取材旅行に行こうなどという気分になれなかったのが事実だ。加えて、一人で行くか、撮影を手伝ってもらうため父に同行してもらうかもギリギリまで決まっていなかったこともあり、「本当にイギリスに行くのかな」などと他人事のように考え、行程についてスケジューリングするのも気分がなかなか乗らなかった。それでも、父が同行することが決まり、各地の宿を予約したり列車の時刻をチェックしたりしているうちに、「行かなくちゃ」という気持ちになった。最終的に「よし、行くぞ!」となったのは、レイルパスが届いてからだった。1か月の有効期間のうちの8日分、自由に乗降可能なイギリス鉄道のレイルパス。そのパスに列車の絵が描いてあるのを見て、背中を押された気分になったのだ。

イギリスに到着してから各地を回る間、行く先々で「日本から来た」と言うと、「日本は大変なことになったね。どうか気を落とさずにね」と慰めの言葉を受けた。私自身は被災したわけでないが、そうした彼らの言葉ひとつひとつが嬉しく、ありがたかった。イギリスを周っているうちに、取材をすべて無事に終わらせたいという気持ちも強くなり、無我夢中で全行程をこなすことができたのは、各地の人たちとの温かい触れ合いが支えになったからだと言ってもいいだろう。

中でも記憶に深いのは、チャールズ・ディケンズが幼少期を過ごした中世の町ロチェスターで出会った家族だ。その日町ではディケンズ・フェスティバルが開催され、道行く人たちのほとんどが中世の衣装に身を包んでいた。現代の格好で歩いているのは、観光客くらいだったのではないだろうか。

本書未掲載の写真。
ロチェスター城を背景に、衣装コンテストの主催者から優勝の記念品をもらう一家。

ロチェスター大聖堂のそばの小路で出会った家族が、ディケンズの小説から飛び出してきたような完璧な“上流階級の一家”に扮していたことは、本書内でも紹介した。137ページに写真が掲載されている、彼らである。あの写真を撮らせてもらった後、フェスティバルの衣装コンテスト会場でも偶然会い、コンテストに出場した娘さんがなんと優勝したので、そこでもまた記念の写真を撮らせてもらった。普段着で隣町から駆けつけていた母方のお祖父さんにもお会いすることができ、取材をしに来ていると話をすると、「ディケンズについて? 下の娘が役所で歴史文化担当の仕事をしているから、何か聞きたいことがあったら連絡してね」とメールアドレスを渡してくれた。この偶然の出会いについては本書内で触れることはなかったが(なにしろ、書くことがいっぱいありすぎてページが足りなかったのだ)、あの町で出会った素敵な家族のおかげで、ロチェスターの印象が私の中で特別良くなったのは事実だし、現に“上流階級の一家”に扮する彼らから受けたインスピレーションが、ディケンズの章を書くときに大いに役立ったのだ。

今これを書きながら、改めてイギリスで出会ったたくさんの人たちへの感謝の気持ちを強くしている。旅行中にたくさんの楽しい思い出やエピソードが生まれたのも、そして本書を書くことができたのも、現地の人たちがいてくれたからこそ。再び会ってお礼が言いたいな、と思うばかりである。

河野友見(こうの ゆみ)/プロフィール
広島市出身。ネタを求めて渡り鳥のようにあちこち飛び回る傾向がある。好物は中世、文学、ビール、アート、ユニオンジャック。2014年7月に著書『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』(書肆侃侃房)を発売。

あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いいたします。今年が昨年よりも災害が少なく、いろいろな国のさまざまな情勢が少しでも安定して、少しでも世界が平和な年になればいいな……と願っています。