第7回 この発作をしっかり見ておきなさい

子どもの患者さんを検査するのは辛い。私は2人の子どもがいる母親だから、つい感情的になってしまう。患者さんの母親と抱き合って、涙ぐんでしまったこともある。

学校を卒業して、最初に脳波検査技師として働いた病院でのことだ。英語を話さないグアテマラからの移民だという女性が、彼女の13歳の娘を検査に連れて来た。車椅子でぐったりしている少女は、よだれかけのような物をしている。患者情報を見ると、脳性麻痺、知能障害、視覚および聴覚障害と記してある。母親によると、1日に3回以上てんかん性発作を起こす。何種類もの薬を服用していた。

通常は20分脳波を記録するが、この少女は2時間の特別検査だった。患者は寝不足状態で検査に来なくてはならない。睡眠が不十分だと、異常を示す脳波が記録しやすくなるからだ。昨晩、少女を眠らせないように付き添っていた母親は、ぐったりしていた。車社会のロサンゼルスにいながら、母親は運転しないと言った。車椅子を押して、バスを乗り継いでやって来た。

こうして患者の神経に刺激を与え、見守ります

「彼女の世話だけで精一杯。他に何もできないのよ」

母親はそう言って、ため息をついた。

少女の脳波には、“スパイク”と呼ばれる異常を示すとんがったサインが頻繁に出ていた。検査技師歴30年近い先輩は、これを“バッドブレイン”と呼んだ。どうすることもできないのだ、と言う。この後数日間、自分の子どもが悪さをしても叱ることができなかった。高齢出産なのに、健康で生まれてきてくれたことが、どんなにありがたいことか。そして、学生時代の出来事を思い出した。

生まれて数ヶ月の男の子だった。20代の新米パパとママが、辛さをまぎらわすように笑っていた。母親は看護師になるために勉強中だった。

男の子は右目の眼球がない状態で生まれてきた。将来は義眼を入れるのだ、と父親が言った。赤ちゃんは発作を起こしていたため、検査入院をした。てんかんであることは、間違いなさそうだった。頭に装着する検査用の電極がずれないようにテープをし、さらに包帯を巻いて固定する。発作の様子を見るために、男の子は24時間休み無くビデオで録画されていた。

「ぼくの息子はこれから一生、薬を服用しなくちゃならないのか」

背が高くてイケメンの父親が、悔しそうにつぶやいた。

包帯を替えるために病室に行ったときのことだ。男の子のおじいちゃんが、お見舞いに来ていた。父親のお父さんだと言う。背が高くがっしりした男性で、若い頃はかなり美男子だったと思う。見とれていると、男の子が激しい発作を起こし始めた。片目をかっと開き、方足で蹴るような動作が止まらない。若い両親は動揺している。思わず、私も後ずさりしてしまった。すると、おじいちゃんが私の背中を押して言った。

「君は学生でしょう。将来のために、この発作をしっかり見ておきなさい」

「分かりました、ありがとうございます」

私は赤ちゃんのてんかん性発作を、正面で見守った。後日、脳波と照らし合わせながら、ビデオで確認して勉強した。涙をこらえて、勇気あるおじいちゃんに感謝しながら。

伊藤葉子(いとう・ようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。