第5回 思い出の撮影秘話

右:表紙の写真。左:プロローグの写真。どちらも偶然のショットだった。

今回は私とカメラの関係、そしてイギリスでの撮影時についての秘話をご紹介したい。

ライターという職業柄、書くことは当たり前なのだが、取材時には写真撮影という大切な仕事もある。たまにメディアがカメラマンを別に準備してくれる場合、私は記者に徹するだけなので、非常に気持ちが楽だ。しかし、たいていの場合はライター兼カメラマンとして取材に向かわなければならない。インタビュー時の集中力、そして撮影時の集中力と二つを合わせてフル稼働させなければならないため、なかなか大変だ。というのも、自分自身カメラの扱い方には疑問が多く、「本当にこのショットでいいのか」と自問自答しながら何枚も何枚もシャッターを切り続けなければならないからだ。要は、カメラに自信がないのだ。

イギリスでの撮影に使用したのはデジタル一眼レフ1台と小型のデジカメ2台。私よりはカメラの取り扱いに長けている父が一緒だったので、私は小型のデジカメで予備ショットを撮り、多くのメインの写真は父に撮影してもらった。撮る人が違えば、アングルや撮り方も異なる。センスや感覚の違いが現れる。私だったらこう撮るけど、父はこんな風に撮る……。そういうこともあるので、カメラマンは多ければ多い方がいいなと心の中で思う。

夫は、アマチュアながらカメラが趣味で写真コンテストに入賞したり、現像機まで家に持っていたりする。出発時、その夫に「不安がなくなるまでたくさん撮ること。いつでもどこでも、何でも撮ってみたらいい」と送り出された。そういえば新婚旅行でスぺインに行った時、彼は四六時中ずっとカメラのファインダーを覗いていたっけ。多分新妻の顔もファインダー越しにしか見ていなかったはずである……。それはともかく、スペイン滞在時の数日間で3000枚以上もの写真を撮っていた。同じようにはいかないまでも、常にカメラを構えていればとっておきの一枚が撮れるかもしれない。夫の撮影スタイルを参考にしようと脳裏に描きながらイギリスでの撮影が始まった。

いつでも撮るぞ! と気合いは入っていたものの、イギリスでは南から北まで大移動をしながらの旅だったので、スーツケースや手荷物だけで両手はいっぱい。今撮ろう! と思ったときにはカメラが見当たらず、「あれ? カメラどこ?」と手荷物の中を探っている間に撮影チャンスを逃す有様。「お父さん、早く! あれ撮って!」「どれ? 何を?」「あれよあれあれ!」と漫才のようなやり取りを繰り返していた。

そんな中でも、私が撮影した奇跡のような写真が2枚ある。表紙の写真と、プロローグ「おとぎの旅に出かけよう」の見開き2ページの写真だ。この2枚はどちらも湖水地方で撮ったもの。そして、実をいうと、狙って撮影したものではない。

湖水地方のニア・ソーリー村での滞在時、歩き疲れた父が「宿に帰って休んでいる」というので、私が一眼レフを受け取って散歩がてら村の景色を撮影したときのことだ。緑生い茂る気持ちの良いフットパス(遊歩道)を歩きながら、試し撮りしよう、とカメラを構え、茂みの中に立つ木製の標識をパシャッと一枚撮った。パッと見て、「よし、撮れる」と確認してまた歩き出した。……これが表紙。まさか、その試し撮りが表紙を飾ろうとは思いもよらなかったのだ。

また、ニア・ソーリー村からバスで船着き場に向かっていたとき、バスの中から外の牧歌的な風景を数枚撮影した。その中の一枚が、プロローグに見開きで使われた写真である。青い空の下、風に揺れる草原の向こうに一軒の白い家。なんだか絵に描いたような景色は、走るバスの中からたまたま撮れたものだった。『イギリス鉄道~』というタイトルからして列車の中から撮られるべき写真のような気がするが、バスなのである。

こうして、「奇跡のショット」……というより「偶然のショット」は撮影された。何枚も何枚も一生懸命撮る写真よりも偶然撮れた写真が良かった、なんて皮肉なものだけど。

写真は、瞬間を切りとるということ。これらの写真が撮れたのも一期一会だと思う。写真の中では、あの日のその瞬間がよみがえり、風や匂いを感じられ、人物や電車が動き出す。写真の持つ魅力は、文章だけでは伝えきれないものを見せてくれること。だから、自分の書いた記事の付加情報を提供してくれるのが写真だと思えば、やっぱりカメラの腕を磨いておくに越したことはない。

とは言え、カメラマンは多い方がいいというのが私の本音。いつか父のほかにカメラおたくの夫、それと美的センスの優れている妹を連れて取材に行ったら安心だな、なんてこっそり考えているのである。カメラマンが3人もいる取材なんて、聞いたことないけど。

河野友見(こうの ゆみ)/プロフィール
広島市出身。ネタを求めて渡り鳥のようにあちこち飛び回る傾向がある。好物は中世、文学、ビール、アート、ユニオンジャック。2014年7月に著書『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』(書肆侃侃房)を発売。
2歳になった息子に「いつかイギリスに行こうね」って言ったら、息子は「いぎりす、またね~、また行くからね~、バイバーイ」。どうやらイギリスとはお友達か何かの名前だと思っているようです。