第6回 お空の上で、酔っ払いに絡まれた

今回が最終回。そういえばこの連載は『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』の出版記念にスタートさせていただき、内容も乗り物や道中でのエピソードを描写して旅の楽しさを伝えてきた(途中で取材秘話も交えたのだけど)。最終回、何を書こうかと思ってこの連載のタイトルを改めて眺めた。「飛んで」……。そうだ、海外に旅するとき、「飛ぶ」ことは欠かせない。ということで、飛行機でのエピソードについて書こう。

機内で何かトラブルが起こったら、十数時間ものフライトは途端に悪夢と化す。この連載ではたびたび登場してくれた妹とのフライトでの話だ。

学生最後の春休み、私と妹は「『世界の車窓から』の番組みたいな鉄道旅行をしよう」と言って中欧へ鉄道旅行に出かけた。この時は私が東京に住んでいたので、妹は広島から東京に飛び、一緒に成田へ向かったのだった。

出発時、満席の機内でドイツのガイドブックを開き、「世界の車窓から」のテーマ曲を鼻歌で歌って旅の気分を盛り上げていた私たち。3人席の左側2席に私と妹。そして、右端には日本人の女性が座った。優しそうな40代とおぼしき女性は、「どこへ行くの? 姉妹で? いいわねぇ」と話しかけてきた。ドイツ在住だという彼女に、こちらも旅の予定など楽しみなことを話し、和やかに空の旅は始まった。

上空1万メートルの世界。酔っ払いに絡まれたら逃げ場もなく……。

しかし、上空1万メートルの世界で、まさかのトラブルは起きた。ドリンクサービスが始まると、女性はワインをオーダーした。機内サービスで出されるワインのボトルは200ml弱。これを、5分と経たぬうちに飲み干すと、すぐにワインをオーダー。飲み干して、オーダー。食事もそこそこに、また飲んでオーダー。そのうち足元に空のボトルがごろごろ転がる始末。それだけならいいのだが、完全に酔いが回った彼女は、顔を真っ赤にして、酒臭い息を吐いたりしゃっくりをしたりしながら、突然私たちの方に向き直って、「あんたたち、ナメてんじゃないわよ」と説教を始めた。こちらは、唖然茫然。「私が、▼☆♀◇#〒■§#★(不明)知らないくせに!」などと意味不明なことをぺちゃくちゃ喋りながら怒り出した。なんだかよく分からないが、酔っ払ったら人に絡む酒癖があったのだろう。「えらい人の隣に当たったな」と思ったが、とにかく満席の機内で逃げ場がない。これ以上怒りを増幅してほしくなかったので、私は黙って聞いていたが、妹は完全無視。そのうち女性の声が大きくなり、周囲の席の日本人客は皆こちらの様子を窺っていた。「あんたたちの今の生活はドイツのおかげで▼☆♀◇#〒(不明)」などと説教する間にも、女性はワインをガブガブ飲む。そのうち、誰かが声の大きさにクレームをつけたのか、客室乗務員がやってきて、「お客様、お酒が少し過ぎるのでは……お声をもう少し小さく……」と超丁寧に諌めてくれたのだが、焼け石に水。客室乗務員が去ると、さらに私たちに愚痴や皮肉をぶつけだした。そろそろ限界、この酔っ払いを非常口からパラシュートで降ろしてもらうよう、乗務員を呼ぼう……と思った矢先。ガイドブックに目を落として無視を決め込んでいた妹が突然バシッと本を畳むと、キッと彼女を睨み付けて一言。「いい加減にしてください! 酔っ払って人に絡むなんて恥ずかしくないんですか!? あなた大人でしょう!」

……ときに、妹18歳。姉の私が言おう。見事! 実に見事であった。酔っ払った大人を一喝で黙らせた妹は、何ごともなかったかのように再び静かにガイドブックを開いた。小娘が突然見せたあまりの迫力に、彼女は酔いが醒めるほどショックだったのだろう。顔面蒼白となり、あっという間に席に深く沈み込んでうなだれてしまった。一方、フランクフルトに着くまでの残りの数時間、私たち及び周りの乗客は穏やかに過ごすことができたのだった。私は心の中で、「あっぱれ」と妹に拍手を送った。

飛行機がフランクフルト国際空港に着陸すると、女性は小さな声で「ごめんなさいね」と呟いて、そそくさと席を立った。「やっと着いた……」と脱力する私と何もなかったかのように荷物をまとめる妹。と、前の三人席から日本人の中年の男性と女性二人が立ち上がり、「よく頑張ったわね!」「大変でしたね」と労いの言葉をかけてくれた。

いや、聞いてたんなら誰か止めとくれよ……。苦笑するしかない私だった。

こんなに長く感じるフライトは初めてだったと思う。幸いこのような他人とのトラブルはその後ないし、金輪際ごめんだ。

余談だが、この強靭な心の持ち主である妹は、この数日後に「レゲエ髪引っ掴み事件(第3回 寝台列車、魅力いっぱい!狭さ上等!)」を起こすのである。やっぱり妹は強かった。

連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。読者の皆さんの旅が、トラブルに縁のない素敵なものでありますよう祈って……。また次の機会にお会いしましょう! ボン・ボヤージュ!

河野友見(こうの ゆみ)/プロフィール
広島市出身。ネタを求めて渡り鳥のようにあちこち飛び回る傾向がある。好物は中世・文学・ビール・アート・ユニオンジャック。2014年7月に著書『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』(書肆侃侃房)を発売。

4月に『広島カフェ散歩』(同)を上梓いたしました。3月の後記で書かせていただいた、11か月に及ぶ取材にかけた思い。ここにぎゅっと詰まっています。宜しくお願い致します。