第7回 おしゃれでハイテクな「サードウェーブティー」が出現

おしゃれなカフェやレストランが密集するミッション地区は、地元雑誌の投票で“最も住みたい場所”に選ばれた人気のエリア。“ヒップスター”と呼ばれる現代感覚に敏感な若者の縄張りでもある。住人はグーグルやアップルなどのIT関係者をはじめ、起業家やクリエイターが多く、メインのバレンシアストリートのカフェでは、そういう人たちがパソコンを持ち込み仕事をしている姿が日常の光景だ。そんな通りにこの夏、ひときわ目立つ「ティーバー」がオープンした。お茶だけに特化した「Somovar」4号店は、新しいカフェの時代を作り出そうとしている。

ライムストーンでつくられたバーが店のアクセントになっている。

「『アップル』じゃないよ、『サードウェーブティー』と呼んでくれ」という地元新聞の見出しで話題になったのは、ミッション地区に登場した12年の経営実績を持つティーラウンジの新店舗だが、既存店とはかなり様相が違う。まるでアップルストアのオープン当時のような革新的で洗練された店構えは、歩いている人を振り向かせるほどおしゃれ。「ミニマリズム」と呼ばれるシンプルなデザインは、無加工の木材や廃材、ライムストーンを利用した設計で、エコで心地よい空間を創っている。お茶の特徴は、オーガニック、原産地の特定、手作りと、ありがちなキーワードだが、ここで扱う世界からのお茶の厳選にはこだわりがあり、特に力を入れているのが中国や日本、インドからのお茶だそうだ。とはいってもアメリカだから緑茶は”なんちゃって”かなと思いきや、宇治、静岡、鹿児島から厳選された無農薬の煎茶、玉露、抹茶を使用している。各国に買い付けに出向き、それぞれの産地から直輸入していた。

お茶の葉の種類別に温度、抽出時間をプログラムできるハイテクサーバー

同店の開業については、サンフランシスコ周辺のセレブ達からの投資でも話題になっている。その名もフェイスブックのマーク・ザッカーバーグや元グーグルで現在投資家のケビン・ ローズ氏など大物ばかり。さすがはIT関係者の投資だけに、彼らが興味を持ちそうな、ハイテクを駆使したコンピューターシステムによって自動操作可能なお茶の抽出機も導入されている。備えられたプログラムには、お茶の種類別にお湯の温度を決定、蒸らす時間を正確に計り、カップに注ぐまでの工程が設定されている。お茶の葉は数週間で使い切るが、それでも湿気たり香りを損なわないよう、少量ずつ小さな密封できるガラス容器に移し管理している。この方式で、最大の旨味を抽出し“上質の一杯”を継続的に提供できるらしい。今まで「お湯を注ぐだけ」という観念から、「温度」と「蒸らし」を徹底することで、「サードウェーブティー」という名がこれから広がっていくのだろうか。ノンカフェインのメニューからタンポポ茶を試飲してみた。同店特性ブレンドで、土の香りとほんの少しの甘さが広がる新感覚のお茶だ。看板メニューの「マサラチャイティー」は、本場インドから数種類の香辛料を調合し毎日3~4回作られる。オーガニックミルクとのバランスも絶妙でやみつきになりそうな“一杯”だ。

経営パートナーのホゼさんもまたミッション地区のヒップスターを代表する一人。お茶のプロセスを熱く語る。特注の陶器に注がれるお茶は紙コップより風味良好

しかし創始者のジェシーさんとパートナーのホゼさんにとって重要なのは、そのハイテク技術ではなく、店の哲学である“エンプティネス”(無)を提供していくことだ。「雑務と雑音から逃れた“エンプティネス”の中で味わうお茶の時間を体験してほしい」とホゼさんは語る。今までのカフェタイプから一新し、店内にはテーブルも椅子もなく、中央に細いバーと後ろにひな壇があるだけ。唯ある美術品と言えば、海沿いで拾ってきたという木が壁に飾られているくらいだ。家具や飾りがないせいか、妙に落ちつく。同店に訪れる客はたった10分くらいで立ち去る。テーブルもないので、おしゃべりをして長居する人もいない。でもそのわずか10分が有意義で貴重な“モーメント”なのだとホゼさんはいう。上質のお茶の香りを味わいながら「自分と向き合う」瞑想的な時間を作り、飲み終わるまでに頭を整理して、想像力を高め、また次の仕事に戻る“寄り道”にしてほしいそうだ。そのため、注文がなければ、お茶は特別に作られた乳白色の陶器に注がれる。手にするその陶器の手触りや重みも瞑想時間を作る大切な“一部”になるのだとか。それにしても経営者の性格からなのか、「ミニマリズム」の精神なのか、アメリカのカフェにしては珍しく店内は整頓されピカピカでチリ一つ落ちていない。

一番人気のマサラチャイティーにブレンドされるスパイスス/チャイティーは、毎日ブレンドしてつくられる。

また、有機農家、フェアトレード(公正な貿易により開発途上国の生産者をサポートする)など、お茶の葉の輸入元にもこだわっているそうだ。オーガニック認証の基準を設けていない国や、有機農法を確立していない農家には、農法を指導して専属契約をすることもあるという。説明を聞き、「なるほどー、世界で有機農家を『Samovar 』が先導して開拓しているってことなんですね?」と驚く私に、ホゼさんは、「オーガニックと質にこだわるのがこの店のポリシーだからね」と美しい笑みをくれた。

人種、文化の多様性を持つミッション地区には、数え切れないほどのカフェがある。しかしそのカフェのサービスやポリシーでそこに通う客のライフスタイルも異なる。しかもティーラウンジとなるとコーヒー中心のカフェと比べて随分と客層も雰囲気も変わるものだ。私もまたミッション地区の住人で、通常家で仕事をしている。今回、気分転換に、資料が積み上げてある自分の机から離れ、コンピュターも資料を持たずに「Samovar」に出かけ、お茶が放つ香りに包まれ、自分と向き合う時間を過ごしてみた。そこには忙しそうにデバイスを操作する人やパソコンと向き合う人もなく、あらゆる電源やwifiから切り離された「エンプティネス」の時間が流れていた。不思議なもので、机にずっと座っていても思いつかなかったキーワードが一瞬よぎったのもその時だった。

SAMOVAR TEA BAR
411 Valencia Street
San Francisco, 94103

関根絵里(せきねえり)/プロフィール
ライター/ コーディネーター
福岡県出身、関西育ち。1996年サンタバーバラに移住。1999年に大学卒業後、サンフランシスコでタウン雑誌の支局長を勤める。2004年よりフリーランスになる。現在、フード、トラベル、ライフスタイルの記事を中心に各雑誌にコラムを執筆中。サンフランシスコ在住。2014年の主な仕事:  記事:「ELLE a Table」「PEN」 西海岸特集、「ミセス」(ワールド)「Japanese Restaurant News」「ボディープラス」コーディネート:「地球の歩き方」サンフランシスコ/シリコンバレー版、「まっぷる」西海岸版、「タビトモ」サンフランシスコ 著書:『カリフォルニア. オーガニックトリップ』(ダイヤモンド社)(2014)