第23回 エジプトでスペインについて考えた

ローマ帝国統治下のエジプトで生まれたコプト正教会

カイロ国際空港に着陸する直前、砂漠にピラミッドが3つ並んで見えた。メンカウラー王、カフラー王、クフ王のピラミッドである。ナイル川をはさんで首都カイロの対岸にあるギザの町。その町中に三大ピラミッドはある。

ピラミッドまでの道のりはいたって簡単である。地下鉄でギザ駅まで行って、乗合バンに乗り換えればいいだけ。インド、モロッコと並ぶ世界三大ウザい国だけのことはあり、「ガイドを雇わないか」とか「ラクダに乗らないか」とか「おみやげを買わないか」とか、さんざん声をかけられるが、全部無視すればいいだけのことである。

しかし、どうしても無視できないことがひとつあった。地下鉄ギザ駅に降り立つと、こう書かれていたのだ。“El Giza”。Elとはスペイン語の定冠詞である。なぜエジプトでスペイン語? スペイン語にはアラビア語からの借用語が多い。レコンキスタが完了するまで、現在のスペインは長らくカトリックとイスラムによるせめぎ合いの最前線であった。

帰国後、調べてみた。アラビア語の定冠詞はal(アル)なのだが、エジプト方言ではel(イル)となるのだそうだ。elという綴りはスペイン語だが、イル(il)という読み方はイタリア語の定冠詞である。エジプトはクレオパトラの時代にローマ帝国に支配されたはず。この時代のローマではまだイタリア語ではなく、ラテン語が話されていた。ラテン語には定冠詞はない。スペイン語はイタリア語と同様にラテン語起源のロマンス語に属する。

スペインに入ってきたアラビア語は標準アラビア語とモロッコ方言である。ローマ帝国、ポルトガル、スペイン、フランスとさまざまな国から支配されてきたモロッコではalとelが混在している。elと書いてアルと読む地名もある。どうもこの二つの定冠詞は同じ語源から来ていると考えてよさそうだ。スペイン語のアラビア語からの借用語には、alで始まるものがなぜ多いかという謎は解けた。定冠詞ごと単語を取り入れてしまったからだ。

スペイン人は「プスプス」と息を強く吹いて音を出し、少し離れたところにいる人の注意を引く。このやり方で人を呼んでいるエジプト人を見かけた。アラビア語でエビはガンバリ、イカはカラマリという。スペイン語ではガンバとカラマルである。アラビアから伝わったのは習俗と言葉だけではない。スペイン人の濃い色の髪と目、浅黒い肌という姿形も、おせっかいなところもいいかげんなところもアラビア人譲りであろう。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2015年現在、47カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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