第2回 ヌーディストビーチで“わいせつ”を考える

 

’80年代から観光開発が進み長期滞在型宿泊施設や別荘が建ち並ぷ。

夫婦で南スペインの旅を満喫中だ。ここ数日はアンダルシア地方、アルメリアから車で1時間ほどのヴェラ(Vera)に滞在している。このあたりは、地中海沿いに美しい海岸線が続いており、スペインだけでなく、ヨーロッパ各地からも休暇を楽しむ人々が訪れる。中でも、プラヤ・デ・ヴェラ (Playa de Vera) 一帯はヌーディストビーチとしても知られ、ナチュリストには人気のスポットらしいが、冷戦中の1966年、パロマレス米軍機墜落事故【※】により水素爆弾が落下した地点とほんの数キロしか離れていない。

ビーチを散策しているとだんだん裸の人々が目につくようになるので、ヌーディストゾーンに入ったことがわかる。”ZONA NUDISTA”という看板が見えてくると、ほぼみな裸となり、水着や服を着ているほうが居心地が悪いぐらいだ。ヌーディストビーチは、世界各地にあるが、プラヤ・デ・ヴェラ は、ビーチだけでなく、ゾーン内なら基本的に裸でOKとのこと。そのため、道を歩いている人も、自転車こいでいる人も、買い物袋さげたおじさんも靴は履いているけど、“すっぽんぽん”という日本なら即逮捕!な光景が当たり前のように繰り広げられている。

ヌーディストゾーンを表す看板/裸のまま道路を歩いているカップル

見渡す限り裸!を目の当たりにし、正直初めはギョッとしたが、どのみち、目のやり場に困るといったレベルではない。どこに視線をやってもみな裸なのだから。こうなると、残りの人生、なんでも見てやろう、チャレンジしてみようの精神で腹を括るより仕方ないではないか……。というわけで脱いだ。

ビーチですっぽんぽんを楽しむ人々

人々は裸体であることをまるで意識もしていないようにふるまっている。日本的羞恥心を身につけている者としては、裸体をさらすことにはかなり抵抗はあるが、考えてみれば、日本でも銭湯、温泉、健康ランド、混浴露天風呂などでは、知らない人々の前で平気で裸になるのだから、そう思えばたいしたことではない。それにしても、今や、世界の何でもがそろう日本、ましてやお風呂文化もあるというのに、未だヌーディストビーチは存在しないことが不思議だ。

わいせつどころか平和で穏やかな時間が流れていた。

ここ数日、老若男女がすっぽんぽんで過ごす様子を眺めている。お腹にぜい肉をたくわえまくった老夫婦が、仲良く手を繋いでビーチを散策している。若いカップルも肩を組みながら裸で歩いている。赤ちゃん連れの夫婦は、地中海をバックに裸体の家族写真を撮っている。誰もが「何もまとわない解放感」をはつらつと楽しんでいて、微笑ましい限りだ。裸だから嫌らしいとかわいせつといったイメージは微塵もない。

日本では、お風呂以外の場所で裸体をさらせば、公然わいせつの罪に問われる可能性がある。どう考えても、コンビニで買える雑誌の少女たちの表情やポーズのほうが、いたずらに性的欲情をそそり、わいせつに思えるのだが……。青空の下ですっぽんぽんになって考えてみると、ヌード=裸体であって、ヌード=わいせつでは決してないとわたしは思う。少女たちが性風俗関連の店に出入りし、ネットの世界では今さら、わいせつを議論することがバカバカしいような動画、画像があふれているというのに、まったくつじつまの合わないことばかりだ。

憲法さえも解釈を変えられる国なのだから、裸=わいせつという解釈も、そろそろ変えてみてはどうだろうか? などとつまらないことを考えながら、コバルトブルーの地中海を目前に人生サイコーの解放感を味わっている。

【※】米国空軍の爆撃機が空中給油機との衝突事故で、積んでいた水爆が落下、爆発しウランとプルトニウムで汚染された。

椰子ノ木やほい/プロフィール
ただ今、人生のクライマックス中!ということで、ふだんは米国・ミシガン州に住んでいるが、今月は夫婦でスペイン、ギリシャを旅行中。旅先で、「海外在住メディア広場」の仲間に会うことができ、旅はより実りのあるものになっている。