第25回 苦節36時間、ブエノスアイレス
世界でもっとも美しい本屋のひとつ、アテネオ書店グランスプレンディッド劇場店

初めて運び屋としてブエノスアイレスに飛んだ。南米はブラジルに続く2カ国目。バックパッカーとしてはこれまでに2002年と2008年の2回行ったことがある。

2002年は経済破綻の真っ只中。町中が老若男女のホームレスであふれ、銀行は暴動にそなえてバリケードで囲われていた。おまけに日韓共同開催のワールドカップで、強豪アルゼンチンはまさかの40年ぶり一次リーグ敗退。泣き面に蜂とはまさにこのこと。当時アルゼンチンチームの応援歌だった『島唄』を聞くたびに、今でもあの日のことを思い出す。

2008年は肉が店頭になかった。牛も豚も羊も鶏も、とにかく肉がなんにもなかった。国民一人当たりの肉の年間消費量が110キロと言われるアルゼンチンでこれは異常事態である。輸出関税の増税に反対して農家がストライキを起こしていたのだった。

さて3度目のブエノスアイレス。カタール航空で正味30時間のフライト。ドーハでのトランスファーと、サンパウロでのトランジットを含めると36時間ほどかかった。2008年はマイアミ経由でフライト24時間、マイアミでの待ち時間を合わせると優に30時間はかかった。地球のちょうど反対側にあるアルゼンチンはどんなルートを以ってしても遠い。

さて、2015年もブエノスアイレスは期待を裏切らなかった。空港でいきなり賄賂を払わされた。しかも、カード払いで。公定レートの空港で両替すると大損なので、歩行者天国フロリダ通りで闇両替した。スーパーに小銭がなく、お釣りは飴で返ってきた。誕生日かなにかのお祝いに仲間から小麦粉まみれにされている若者を見た。観光客を狙ったケチャップ強盗もあいかわらず頻発しているらしい。

前年に13年ぶり8度目のデフォルトをやらかし、インフレ年率は30パーセント。だが、アルゼンチンという国は自給自足率が高い。エネルギーにも鉱物にも恵まれている。足りないものはメルコスール(南米共同市場)に加盟している隣国から買えばよい。しかも、今回のデフォルトは国庫が空になった前回とはかなり事情が異なり、アルゼンチンに返済能力がないわけではないのだ。

とはいえ、ステーキ食べてワイン飲んでタンゴ踊って、この余裕ぶっこいてる感はいったいどこからやってくるのだ? だだっ広いパンパに放牧されてストレスフリーで育ったアルゼンチン牛肉は世界一うまい。本当に口蹄疫のせいなのか、はたまたアメリカの陰謀なのか、日本には輸入されることのない牛肉をここぞとばかりにほおばった。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2015年現在、47カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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