長女が卒園したので、3人兄妹のうち幼稚園に通うのはとうとう次女だけになった。その次女もだんだん生意気になり(自立してきたと言うべきか)、母をあまり必要としなくなって、少々寂しい思いをしていた昨今、幼稚園に行く楽しみがひとつ増えた。やっと1歳2ヶ月になったばかりのオリバーがいるからだ。生後8ヶ月で村の幼稚園にやってきたオリバーは、何故か初めからよくなついて最近では私の姿が見えると「ママ、ママ」と(ちょっと複雑な気分……)叫びながらちょこちょこ駆け寄ってくる。

働く女性の環境という点で、ヨーロッパはとかく進んでいると思われがちだが、ここドイツ北部の田舎町で幼稚園・保育園の3歳未満保育が正式に認められたのは私立・公立幼稚園ともに、つい半年前のこと。保育費用の一部を自治体が負担することや、受け入れ側の施設がまだ十分でないことなどから、人数制限があり、誰もが利用できるわけではない。働く親たちは、勤務形態や時間などを細かく説明して申請し、数週間にわたる審査の結果、やっと子どもの入園が許可される。オリバーはそんな難関を潜り抜けて村の幼稚園に3歳未満保育第一号としてやってきたのだ。

それまで、いわゆる乳幼児がいなかった幼稚園では、受け入れ態勢を整えるのも一苦労だった。階段には開閉式の柵をつけ、オムツ替え用の小部屋を作り、昼寝に適したコーナーも設けた。小さなパーツを飲み込んだりしてはいけないので、その危険性のあるおもちゃは、すべて年長さんたちが遊ぶ部屋へ運んだ。普段どおり幼稚園での生活は続いている中で、工事したり、家具を運び込んだりと落ち着かなかったけれど、数人の親たちも手伝って、幼稚園が一丸となって赤ちゃんを迎えるという気合が見られ、なんだか浮き立った気持ちにもなっていた。

実際オリバーがやってくると、にこにこしてばかりもいられない時期もあった。まだハイハイしかできず、目も離せないオリバーに2人いる先生のうち1人がかかりっきりとなり、他の子どもの世話が後回しになっている、という指摘が何人もの親からあがった。「赤ん坊がひとり来たために、幼稚園全体がふりまわされている」とか「先生の目が行き届いていないから、子どもたちがしたい放題で危険だ」という声や、やっかみ半分に「私は子どもが3歳になるまで我慢したのに、最近の若いお母さんは好きにできていいわね」というような心ない言葉を聞くにいたっては、さすがに冷え冷えとした気持ちになったものだ。自分の子どものためには最善の環境を、と願う気持ちが強くはたらくと、親はときとして物事の全体像を見過ごしてしまうことがあると思う。

私は状況をヒステリックに受け止めたくはなかった。皆が早く落ち着けるよう毎日改善策を練る先生たちの姿も、後ろ髪をひかれつつ会社へ向かうオリバーの母親の姿も目にしていたからだ。幼稚園と言っても園児総数18人の1クラスのみを先生2人が担当しており、大家族とあまり大差がない。ある家族に赤ちゃんが生まれたら、まずは大混乱になる。今までの平和は乱される。でもそれは当たり前で、ごく自然に通る人生の一段階だと思う。新しい環境に放り込まれれば、大人だって子どもだって、まずは試行錯誤しながら状況に慣れていく時間が必要だ。

案の定、時がたつにつれ、オリバーの登場で起きた一陣の竜巻はおさまり、半年たった今、彼はもう何年も一緒にすごしているかのように子どもたちにもすっかり慣れた。ハイハイからつかまり立ちを経てよちよち歩きがもうしっかりとした足取りへと変わりつつある。それまで甘えん坊だった4歳の娘もオリバーの世話をかってでて最近はたくましくなった。先生たちにも余裕がでてきた。難関をひとつこえたことによって、誰もが成長したなぁと、あたたかい気持ちになっている秋の日である。

≪たき ゆき/プロフィール≫

レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、6歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。