第22回 アフガニスタンの大きな瞳

次男が2歳の秋に通っていた外国人母子向けのコミュニティーセンター、ペルヘケルホに新しいメンバーが加わった。彼女の名前はヴィヴィアン。お国はアフガニスタンで、次男と同じ年ぐらいの女の子と、ようやくつかまり立ちができるようになった男の赤ちゃんを連れてきていた。

4年前に引っ越して以来、なかなか歩き回ることが無くなってしまったケラヴァ駅前。
この町ではあちこちでヴィヴィアンやケルホの仲間と会うので、買い物一つでもずいぶん時間がかかるようになったものだった。

黒くてつぶらな瞳と豊かな巻き毛の、アジア的な風貌のヴィヴィアンとその子供達に、私は早くも好意を寄せてしまったが、ヴィヴィアンも「日本人なの?! 私ね、日本製品って大好き! だって品質がいいでしょう!」と手放しで私が日本人であることを喜んでくれた。早速、私たちは仲間になった。

このケルホに来る外国人の誰も、「移民」や「難民」などと自分自身のことはカテゴライズしないのだが、ヴィヴィアンも「夫の国籍は?」と聞かれれば「アフガニスタン人」と答え、フィンランドに来た理由は、「先に移住していた夫と結婚したから」とだけ答えた。ヴィヴィアンは、ケルホで積極的にいろいろな人とフィンランド語で話し、それでいて大きな目をくるくる回してはしゃぎまわる小さな子供たちの面倒もしっかりみた。祖国が政情不安でいろいろ思い悩むこともあるだろうが彼女は明るく、すぐにケルホのみんなに受け入れられた。

ヴィヴィアンの、会話するだけというフィンランド語の習得法には、ケルホの誰もが興味を示し、どうしたら彼女のようになれるものかと話題になった。ある日、私がケルホに一緒に行く約束をしていたのがダメになり、慌てて携帯でショートメッセージを送ると、ヴィヴィアンは「ごめんなさい、チャチコ(※サチコと発音したい)! 私、アルファベット読めないのよ!」と笑いながら電話をかけてきた。彼女が本当にフィンランド語の読み書きを勉強したことがないのだと、改めて思い知らされ驚いたが、それを笑い飛ばして白状する明るさにも圧倒された。

そんな明るいヴィヴィアンでも、大きな瞳をうるませてケルホのみんなの前で悩みを漏らしたこともある。なんと彼女の夫がヴィヴィアンに面と向かって「お前はブスだ」というのだそうだ。親に決められて結婚したというヴィヴィアンの夫は、前職は高校の数学の先生、フィンランドでは無職で、ヴィヴィアンよりもかなり年上だ。ケルホでは火を噴いたように、パウラもメリヤも、シポニアまでが「それはDVよ、虐待よ、失礼過ぎる!」と口々に言い、パウラが「あなたは全然ブスじゃないわよ、こんなに素敵なのになぜ……」と一緒に嘆いた。

結婚相手を自分で決められないだけでも十分厳しい人生だと想像するのに、その夫に言葉で傷つけられるというのはどんな気持ちがするだろう。その場にいた多くのメンバーが味方についた一方、大勢の前でその場にいない夫が集中砲火にさらされたヴィヴィアンは、少し悲しそうにうつむいてしまった。

翌日ケルホにきたヴィヴィアンは、明るい声でパウラに報告した。「あのね、昨日夫に『どういうつもりで私のことをブスというの?』と聞いたの。そしたら夫は、『僕は君よりずいぶん年を取っているから、もし君がもっと若くてハンサムな男に思いを寄せても、そっちに行ってしまわないように、自分のことが醜いと思い込むように、わざとそう言ってたんだ』って言ったのよ!」その時のヴィヴィアンの頬はバラ色に輝き、彼女の目は今度は喜びでうるんでいた。

その後ケルホの職員からの指導で、子供達の保育先を見つけ、職安のフィンランド語のコースに通い、特技の洋裁の腕を生かして近所のお店で職業訓練も始めたヴィヴィアンには、ケルホではあまり会うことは無くなったが――街角で会うと必ず立ち話をするようになった。

不安定な祖国アフガニスタンの様子を案じていた日もあったが、「そんなに大変なの?」と聞くと「ニュースで映像が流れているところは本当にひどいけれど、普通に安全なのよ。私達だって、本当は祖国に住めないわけじゃないけど、縁があって家族でフィンランドに暮らし始めたのだから、ここで頑張るわ」と明るい声をきかせてくれた。

こういう人はくじけない。街角で、この大きな人懐こい瞳を見るたびに、まだベビーカーを押してケルホに通うだけの毎日を送っていた私は、当時たくさんの元気と勇気をわけてもらっていた。

《ペルヘケルホ人物紹介》
筆者=靴家さちこ:フィンランド人の夫との間に2人の男児を持つ日本人。外国人母子向けの児童館「ペルヘケルホ」に次男と通い、フィンランド語を鍛えている。

ヴィヴィアン:ケルホの新メンバーのアフガニスタン人。同郷の夫とともにフィンランドに移住し、西部の町ヴァーサから引っ越してきた。ある日2人の子どもを連れてペルヘケルホを訪れる。

パウラとメリヤ:ケラヴァ市がプロジェクトとして認可した「ペルヘケルホ」を運営する職員。二人ともフィンランド人。

シポニア:ケルホ創設時から通ってきているコソボ人。同郷の夫とフィンランドに移住し、ケルホに通う娘を含む2人の子どもを育てている。

靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター/ジャーナリスト。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、2004年よりフィンランドへ移住。『Love!北欧』『FQ』などの雑誌・ムックの他、『T-SITE』『ハフィントンポスト』『NewsPics』などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』などがある。