第37回 資本主義のとどのつまり

浮世離れしたラスベガスの風景

2015年2月、アメリカのとある町への出張が続いていた。その町は観光地でもなんでもなく、連泊には向いていないので、経由地であるロサンゼルスに泊まるのが常であった。ところが、ちょうどアカデミー賞とバッティングしてしまい、ロサンゼルス中のホテルが満室で、急遽ラスベガスに泊まることとなった。まさか運び屋としてアメリカ随一の歓楽街を訪れる日が来ようとは!

アメリカで一都市だけ観光するなら断然ラスベガスをおすすめする。なぜなら、ラスベガスこそが濃縮したアメリカであり、資本主義のなれのはてだからだ。アメリカの主要な都市にはたいてい行ったが、ここだけは生活感ゼロ、完全に時空が歪んだ異次元である。

もちろんラスベガスがグランドキャニオン国立公園の玄関口であることは重々知っている。しかし、自然派にして世界遺産マニアのこの私が、国立公園を袖にしてべったり町で過ごすことを選んだのである。

ピラミッドの前にスフィンクスはいるわ、エッフェル塔も凱旋門もあるわ、ゴンドラは運河に浮かんでるわ、火山は噴火してるわ、ミニオンズはあちこちでうろうろしてるわ。ここは実在するアリス・イン・ワンダーランドだ。

アメリカ中から田舎者が大挙して押し寄せる週末はさすがに活気があるが、高級ホテルが格安になる平日が断然お得である。平日ならなにをするにもさほど並ばなくてすむ。メインストリート沿いの巨大テーマホテルはカジノがデフォルト。たとえ宿泊を安くしても、カジノやショーでお金を落としてもらえれば儲けが出るという算段なのだ。

投宿先の老舗ホテルはロビーがいきなりカジノで、スロットマシンの林を抜けるとホテルフロアへのエレベーターがある。部屋に戻ろうとしていたら、飼い犬を連れたご婦人とちょっとほろ酔い加減の紳士が乗ってきた。「おや、その子もギャンブルするのかい?」と男性が女性に質問した。「ええ、彼女勝ったのよ」と飼い犬をめでながら涼しい顔で女性がこたえた。狭いエレベーターの中でいきなり繰り出されたアメリカンジョークのカウンターパンチに思わず吹き出し、「吉本行け!」と心の中でツッコミを入れた。

ラスベガスには有名どころの料理店はアメリカ各地からあまた出店しているし、日本食はもちろん世界各国料理も楽しめる。金さえ出せばアメリカにもいくらでもおいしいものはある。しかし、郷に入っては郷に従う主義なので、アメリカではパンに肉を挟んだものか、パンの上にチーズがのってるものを食べることにしている。

ロサンゼルスの有名ホットドッグ店Pink’sとどちらにするか散々迷って(LAの本店は車がないと不便なハリウッドのはずれにあって一度しか行ったことがない)、結局ニューヨークの有名ハンバーガー店Shake Shackに入った。

ものの15分ほど並んでテーブルにつくと、ちょうど店内のテレビでアカデミー賞授賞式の生放送中だった。メキシコ人アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの監督作『バードマン』が4部門を受賞した。おそらくスペインのバスク系であろうイニャリトゥという苗字は、イングリッシュスピーカーには発音が難しいらしく、アレハンドロ・ゴンサレス氏と呼んでいる。いかにも「芸術は爆発だ!」という風貌のイニャリトゥ監督は、英語が苦手なのか、ゆっくりスピーチしていた(その後のCNNニュースでは水を得た魚のようにスペイン語で饒舌だった)。ルートビア片手にチェダーチーズのかかったフライドポテトをほおばりながら、「ついにメキシコ人がオスカーをとる時代が来た!」と興奮した。

アメリカはドライブスルーの銀行や薬局はもはや当たり前、客席が一切ないドライブインのみのファーストフードチェーンもあるほどの車社会だ。その中でラスベガスは公共交通機関が充実していて、グランドキャニオンに遠出しない限りは車がいらない。クレイジーな見てくれ重視で斜めの天井がついたホテルの客室で、オリバー・ストーンとマイケル・ムーアの映画を見まくれば、アメリカがわかったような気になってもいいかもしれない。ジャミロクワイの『トラベリング・ウィズアウト・ムービング』という曲さながらに。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、50カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

以下、ネット上で読める執筆記事
春秋社『WEB春秋』「ここではないどこかへ」連載(12年5月~13年4月)
東洋マーケティング『Tabi Tabi TOYO』「ラテンアメリカ de A a Z」連載中(11年3月~)
投資家ネット『ジャパニーズインベスター』「ワールドナウ」(15年5月)
NTTコムウェア『COMZINE』「世界IT事情」第8回ペルー(08年1月)