夏樹 (フランス・パリ在住)
14歳になる我が息子は、去年の9月から不良街道まっしぐらである。最近は、こちらもヒステリーを起こすのはやめ、どこまでやる気か見てやろうという気になってきている。以前に、主人が車を壊されて警察に届け出に行ったところ、近所のママンが「うちの坊主、まだ帰って来ないんだけど、また、お宅でお世話になっているのではないでしょうか?」と聞きに来ていたと言っていたが、明日は我が身かもしれない。


息子は午前中は中学校に行き、午後は国立パリ音楽院、俗に言うパリ・コンセルヴァトワールに通っている。自分の楽器の授業のほか、合唱、ソルフェージュ、オーケストラ、民俗音楽のクラスがある。明記しておくが、私が望んだことではなく、本人の意志で入学試験を受け音楽を志すことにしたのである。


ある日、コンセルヴァトワールから手紙が来た。不吉な予感がした。


「お宅のお子さんは、12月2日、ソルフェージュの授業に欠席しました。どのような理由なのかを明記して、学長宛に送り返してください。なお、3度の無断欠席は即退校処分になります」


パリ・コンセルヴァトワールといえば、世界中の天才少年少女たちが競って入学試験を受けにくる学校である。一流の先生のもとで学べて、そのうえ無料である。自分もフランスに音楽留学に来た身であるから、そういう子どもたちの、うまくなりたい、本場で勉強したいと渇望する気持ちは痛いほどわかる。しかし、この国に生まれた息子は、そのありがたみが、まったくわからないのである。


「だって、文部省の中学・高校教育政策に反対するデモ(注1)があったから、みんなで行ったんだもん」
「それは中学校のことで、コンセルヴァトワールとは関係ないでしょ!音楽やっている人間にストなんてないよ!」


国中がゼネストで荒れ狂っているときですら、コンセルヴァトワールの教師はストライキもデモもしない。好きでやっている仕事だから、ストライキをするという発想がないのである。残業手当をくれなどと言っていたら、アートを伝えることなど到底できるはずがないからだ。


もうやめよう、所詮、彼の人生だ、私が生きるわけじゃないから黙ろう、と思いつつ食卓でも怒っていると、主人が口を出した。


「なんで? デモに行ったのはいいことじゃないか。子どものときから政治意識を鍛えることは大切だし、お上が決めたことに対して、言うべきときにはノンと言わなくちゃ。それに、あんな政府にやりたいようにさせておくと、そのうち、コンセルヴァトワールだって有料になったり閉校になったりしかねないよ。そうならないためには、今ある権利を一歩も譲ってはいけないんだ」


子どもの前で私に反対する意見を言わないでってあんなに頼んだのにー! と、主人が恨めしかったが、数十年ぶりのカルチャーショックだったことは否めない。


フランスにストが多いのも無理はない。家庭内でこうなんだもの。


(注1):今回は教員数を減らすという文部省の政策に反対し、教師が授業をストライキした。学校は必然的に休みになり、生徒も教師と一緒にデモに参加したようだ。


≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
フリーランス・ライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。