第24回 カルチャーフォーラム

思いがけぬ南国からの客人たちが盛り上げたクリスマスが終わると、次に私を待ち受けていたのはケラヴァ市が開催する「カルチャーフォーラム」というイベントだった。そうでなくても、地元の職業訓練校や近隣のペルヘケルホ(外国人が定期的に集まるクラブ)を訪問しに行ったり、ケルホの活動を知ってもらうために地方紙の記者や近所の学校の校長先生にケラヴァ市長を招待するなど、パウラがあちこちで企画するイベントでケルホは常に活動的だったのだが、これは予想以上に大がかりなものだった。

興奮するパウラが早口で説明するので、全体像を把握するまでずいぶん時間がかかったが、要はイベントの当日に地元の高校の校舎内に、生徒たちと連携して外国人がそれぞれ母国の展示ブースを作りあげるというもので、私には日本のブースを担当して欲しいらしい。いままでのイベントには次男連れ、あるいはケルホに預けてなんとかこなしてきたものだが、その次男ももう3歳になろうとしている。夕方から夜9時まで3時間のイベントとその前後に準備や後片付け……いろいろなことが頭をぐるぐる駆け巡ったが、パウラの勢いに叶わない。イベントはやるに決まっている! それぐらい彼女はポジティブで活動的なのであった。

移民が圧倒的に多いケルホでは、せっかく楽しそうなイベントがあっても「でもその間に子供を見てくれる人がいないから……」という理由で腰が重い女性が多い。パウラは「でもここはフィンランドなんだから、夫が子供の面倒をみればいいのよ」と、ここぞとばかりにフィンランド式のライフスタイルを提案する。私の場合は、夫がフィンランド人なのでパウラはもう容赦なかった。とはいえ、うちだって当時は次男が生まれてからまだ一度も私が夜に家を空けたことがなく、次男には言語障害があるらしいことが分かって間もなくだったので、結構な大冒険という気がした。

しかしそんな私の心の葛藤を知ってか知らずか、パウラは「そういえば、サチコは英語ができるでしょ?」とくる。「はい?」と返事をしたらもう、当日はホールで詩の朗読や歌やダンスの発表会もあるので、その司会もお願いしたいと言う。フィンランド語はパウラが、私が英語である。どう返事をしたものかと口をパクパクしていたら、「そうだ! ついでにあなたも歌えばいいのよ!」と手を打つ)。パウラは以前に、私がケルホの仲間たちと訪問した職業訓練校で『天空の城ラピュタ』のオープニングテーマを歌った時のことを思い出したのだ。

さて、この3点盛りセットが提案されたのが1月の末でフォーラムは3月末。「……やんのか、私?」そう独りごとを言いながらベビーカーを押して自宅に着くと、しばし頭の中で一人会議を済ませてから、夫に日時を告げ、当日の息子達の世話をお願いした。「そういう母国を紹介する機会って君にとっていいと思う。行ってきなよ。でも一人で全部用意するの?」と心配する夫に、お手伝いしてもらえそうな日本人の当てが何人かいること、市から少しばかりの報酬がもらえることも告げた。

近所の日本人のお友達とヘルシンキからもお友達が応援に来てくれて出来上がった「日本ブース」(左) /誰がいつ何をどうやって持ってきてくれたのかもはや記憶に残っていない。日本にいるとき以上に、日本を感じた心温まるイベントだった(右)

みそれから2か月間の記憶はほとんどない。覚えているのは、ベビーカーを押しながら人気のないところに出かけて行って、歌の練習をしたこと、日本大使館から東日本大震災のパネル写真を借りたこと、母から生け花の本と剣山を、父からは尺八の筝曲のCDを送ってもらい、日本の知人が、お母上が遺された着物をたくさん送ってくれたこと。それから、思いがけずあんこのペーストを一瓶手に入れたこと、当日パソコンを持ち込んでドリフのDVDの映像を流すことをギリギリになって思いついたこと、日本人の友達2人とも高校生たちとも、打ち合わせらしい打ち合わせなんかしてなかったこと、ぐらいである。そして恐らく3月末にはケラヴァに戻ってきているであろうアンドレーサをイベントに誘うか否か、ようやく準備が整ってきたところで、私は悩み始めた。

《ペルヘケルホ人物紹介》
筆者=靴家さちこ:フィンランド人の夫との間に2人の男児を持つ日本人。外国人母子向けの児童館「ペルヘケルホ」に次男と通い、フィンランド語を鍛えている。

パウラ:ケラヴァ市がプロジェクトとして認可した「ペルヘケルホ」を運営するフィンランド人の職員。明るくて真っ直ぐで、とてもパワフルな女性。

アンドレーサ:筆者に誘われて、筆者の次男と同い年の息子を連れて「ペルヘケルホ」に通ってくるようになったブラジル人。フィンランド人の夫のミカは、筆者の夫の高校時代からの親友。この回ではブラジルから遊びにきた妹を連れて、フィンランド各地を観光案内中。

靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター/ジャーナリスト。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、2004年よりフィンランドへ移住。『Love!北欧』『FQ』などの雑誌・ムックの他、『T-SITE』『ハフィントンポスト』『NewsPics』などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』などがある。