第40回 旅の神様(中)

2000年4月、中米グアテマラ北西部の山あいにある村、トドス・サントス・クチュマタンで西遊旅行のツアーが襲われ、日本人1人とグアテマラ人1人が殺された。ツアー客17人と添乗員1人の日本人18人が2台のバスに分乗していた。...
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中米グアテマラ西部スニルの月曜市

2000年4月、中米グアテマラ北西部の山あいにある村、トドス・サントス・クチュマタンで西遊旅行のツアーが襲われ、日本人1人とグアテマラ人1人が殺された。ツアー客17人と添乗員1人の日本人18人が2台のバスに分乗していた。

グアテマラでは子供の誘拐が多発しており、その目的は人身売買とも臓器売買とも悪魔崇拝儀式への生贄ともいわれていた。土曜市でにぎわっていた村にツアーが訪れたとき、たまたまタイミング悪く村の子供1人の姿が見えなくなったことがことの発端だった。

子供をさらわれたと勘違いした村人がたちまち暴徒化し、見知らぬ集団である西遊旅行のツアーを襲ったのだった。この背景にはグアテマラ内戦中にこの村では軍隊によって200人以上が惨殺されたという過去がある。それゆえ村人はよそ者への警戒心が強い。

事件当時、私はグアテマラのアンティグアにいた。日本では「辺境で日本人殺される」というような報道のされ方だったが、トドス・サントス・クチュマタンは交通の要所である大きな町から直行バスで3時間ほどだ。『世界の村で発見!こんなところに日本人』とか『世界ナゼそこに?日本人』みたいなテレビ番組と同じく、たとえアクセスがよくても日本人になじみがない土地はすべて辺境扱いなのである。

アンティグアで知り合った邦人バックパッカーが3人、トドス・サントス・クチュマタンの土曜市にちょうど居合わせていた。彼らは村人に避難するようにうながされ、かくまわれて民宿へと逃げこんだ。ここで勘違いしてほしくないのは、西遊旅行のツアーが外国人だから、日本人だからではなく、見知らぬ集団だったから襲われたということだ。

今から20年前、1997年にルクソール事件が起こった。エジプト・ルクソールの観光名所、王家の谷の近くにあるハトシェプスト女王葬祭殿が惨劇の舞台となった。外国人観光客ら200人に向けて銃を乱射したイスラム過激派による無差別テロだった。

日本人10人を含む63人が死亡、85人が負傷。犠牲となった日本人はJTBツアーに参加した夫婦5組と添乗員1人。参加者のほとんどは新婚旅行客だった。事件後、エジプトに観光客が戻ってくるまで10年かかったそうだ。

この2つの例を引き合いに出したのは、要するに集団でいることはかえって危険だと言いたいのである。魚の群れが文字通りの一網打尽にされるようなものだ。なにもこれは旅行ツアーだけにかぎったことではない。国だってそうだ。冷酷無比な思想の持ち主であるリーダーの下、たくさんの人々が見捨てられ見殺しにされているのに、それでもその国の一員であり続けようとする理由がわからない。一億玉砕などまっぴらごめんこうむる。

メキシコの比較的治安のよい町で人影のない路地を歩いていると向こうからがたいのよい男がやってきた。そんなときにいつもこう考える。「もしあの男が急に襲いかかってきたらどうするか?」そして自分が今持っているもので反撃する術をあらかじめシミュレーションしておく。丸腰の私の戦法は、ボールペンで頸動脈を刺すか、鍵で目を突くか、金的かあごに頭突きを食らわすかのいずれかである。

というような話を100ヶ国以上行ったことがある強者の友人と長らくインドに暮らす友人にしてみたところ、彼らもやはり同じように護身のためのシミュレーションをするそうだ。我が意を得たり。結局は幸いにして毎度取り越し苦労に終わるのだが、実はこれこそが隙がないという状態なのだ。あらかじめかまえているから襲われずにすんでいるのである。だから、このイメージトレーニングは役に立っていないようで非常に有効なのだ。

ルクソール事件でその場に居合わせた外国人観光客は200人。死傷者がだいたい150人だから50人は逃げ切ったということだ。あるスイス人は柵を乗り越えて7メートル下に落下しながらも助かった。あるアメリカ人は葬祭殿の奥に隠れていて無事だった。しかし、日本人10人はいずれも葬祭殿の中央で正面から頭を撃たれて亡くなっていたそうだ。

アメリカからの観光客は一人も犠牲になっていない。銃社会で生きている彼らは良くも悪くも平和ボケにはなりえない。日本しか知らない日本人は羊のように従順だ。眉間を撃ち抜かれているということは、かなりの至近距離からの発砲だったはずだ。

日本だろうが世界中どこだろうが常に一匹狼の私なら、間違いなく反射的に一か八かを賭けて全速力で走る。たとえ頭が真っ白になっても、生存本能が人一倍強い私の体が勝手に動くはずだ。迷ってる暇などない。後先考えずにただ一心不乱に走るのみ。かなりの訓練を積んだスナイパーでさえも、動いているものを仕留めるのは容易ではない。

ツアーに参加して旅行するような人が、これまで経験したことがない緊急事態にいきなり直面して、とっさに正しい行動が取れるとはとても思えない。そもそも日本では自分の頭で考えて動くための教育を国民に与えていない。いついかなる時も生き残るのは、臨機応変に身の処し方を考えられる柔軟性の持ち主である。そんな強い一個人に私はなりたい。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトでの旅イベント「旅人の夜」主催。2017年現在、50カ国を歴訪。オフィス北野贔屓のランジャタイ推し。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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