232号/プラド夏樹

先日、仕事でブリュッセルにある欧州議会が作った歴史館を訪れた。これは欧州市民が共有する歴史に関する博物館で、主に近代史を対象にしている。

欧州連合は28カ国からなる。その28カ国の歴史の見方はそれぞれ違うだろうに、一体、どういうコンセプトで展示するのだろうかと行く前から気になっていた。

ところが、行ってみると、28カ国の歴史を加算したものではなくて、それぞれの国が歴史を違うように捉えているという、その豊かな多様性を展示したものだった。どの歴史観が正しい、間違っているという記述も皆無。

その中に、米軍による日本への原爆投下が、世界中を巻き込んだ冷戦の幕開けとなり、結果的に欧州も西側と東側に分断されたという記述があった。直接的には広島と長崎の人々が犠牲になったのだが、広い意味合いでは、世界中が核戦争の恐怖に巻き込まれたのだと。

この歴史館は欧州議会が出資したものだが、内容についてはキューレターと歴史研究家に白紙委任され、政治が介入しなかったからこそ実現したと、後になって聞いた。28カ国の各政府が口出しをしていては、とても収集がつかなかっただろう。

もうすぐ原爆の日だ。アジアでも、政治家の思惑は抜きにして、各国市民が協力して戦争を冷静に記述することができる日が訪れるといいなと思う。

(フランス・パリ在住 プラド夏樹)