第4回 解剖生理学のクラス (その1)

「医療関係のプログラムを始めるには、まず解剖生理学のクラスを終えなければならない。すぐに取ってみてはどうか」、学校のカウンセラーから薦められた。

解剖生理学は、英語で“Human Anatomy and Physiology”。別名はBiology221で、「バイオ221」と言ってみんなが恐れていた。というのも、このクラスは簡単ではない。何回も取り直したり、諦めて去っていく生徒がいるとも聞いてしまった。

クラスの単位を取得するには(C)上を取らないといけない。ここカリフォルニアでの成績のつけ方はこうだ。総得点90%以上が(A)、80~89%だと(B)、70~70%で(C)。それ以下だと(D)になってしまう。69%だと(D)で不合格だから、結構やっかいだ。

日本での高校時代、私の生物の成績は10段階の4。赤点寸前だった。授業の半分は居眠りしていたと思う。自分には全く向いていないと思った。大学では当然のように文学部を選んだ。それが40才を過ぎ、アメリカで解剖生理学を取ることになるとは。オバサンで記憶力が低下しており、英語が下手だとの言い訳は通用しない。とにかくやってみて、難しすぎたら諦めて違う仕事を探そうと思った。やらないで後悔するより、やって失敗したほうがマシだ、と自分に言いきかせた。

「不妊治療、妊娠、出産、子育てを経験しているから、人間の身体に関する知識はぐっと増えているはずだよ」

と夫は言った。私は全く自信がなかった。学期が始まる前に教科書を購入してみた。こちらのテキストブックは値が張る。学校の本屋では、“used”と呼ばれる古本も販売しているので、当然こちらをゲットした。なるべく書き込みのないモノを選んだ。もしクラスを落としたら、私もこの本を売ることになるのだろう。少し読み始めたが、全く理解できないので眠くなってしまう。ここ数年、どっぷり母をしていた私は、アカデミックな書籍とは無縁だった。ついに来週から授業が始まってしまう。勉強に集中できるように、おかずやカレーを大量に作りだめし、凍らせた。

解剖生理学は週に2回、90分の講義がある。さらに3時間10分というラボラトリー(以下、ラボ)に1回出席する。ラボでは4人ほどのグループに分かれ、顕微鏡を覗いたり模型に触れたり見たりしながら、身体と臓器の名称を覚える。当時の私は、次男の授乳中だった。ラボの途中で胸がはって痛くなり、母乳が漏れてしまったこともある。それほど長いクラスだった。同じテーブルに座っていたアメリカ人の女性は、このクラスを取るのは3回目だと言った。大丈夫なんだろうか、無事に終えることができるのか。

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。