第5回 解剖生理学のクラス(その2)

解剖生理学のクラスは大変だったが、意外に楽しかった。机にかじりついて勉強するのでなく、楽しみながら覚えることを学んだからだ。

授業の内容は細胞から始まり、次は骨の仕組みになった。脊柱をさらに細かく分けていく。首の辺りの頚椎は7、胸椎は12、腰椎は5ある。

「朝食は7時にとり、昼食は12時、夕食はちょっと早めの5時と覚えればいいのよ」

先生が暗記のコツを教えてくれる。そうか、みんな工夫して勉強しているんだ。

頭蓋骨下、頚椎の一番目には、なぜかアトラスという名前がついている。さらにその下はアクシスと呼ぶ。この2つは他の骨と異なった独特の形状をしている。先生はフットボール選手のような形をしているのが、アトラスだと説明してくれた。

アトラスの細かい部分までこれでもかと言わんばかりに名前がついており、すべて暗記する。スペルまで正確でなければ、テス卜で減点されるというではないか。

「ここまで覚えなくてはならないんですか?」と先生に愚痴った。

「今はそう思うかもしれないけど、仕事で必要になるのよ」

オープンラボと呼ばれ、授業以外の時間で教室が開放されているときには出来る限り参加した。顕微鏡を覗き、模型を手に取り、触ってその部分の名称をクラスメートと復習した。幸い同じテーブルにいた若い女性たちは頭がよく、なぜか私に親切にしてくれた。テラという私の娘ほどの年齢の女性は、いつも一緒に勉強してくれた。テキサス出身、細身の美人だった。

「いい、これからヨーコがどれ位覚えているかテストするわよ」

「テラ、まだ全然覚えていないんだけど」

するとテラは言った。

「大丈夫、自分で思っているよりずーっと理解しているものよ」

こうして誰かと練習していくと、覚えやすかった。何よりも楽しかった。同じテーブルの仲間で集まってよく勉強した。これをスタディーグループと呼ぶ。私はみんなのポジティブさに励ましてもらった。テラの自宅によく集まって復習した。

脳神経の授業のときだった。ラボの教室に入ると、黒板にあるフレーズが書いてあった。

“Some Say Marry Money But My Brother Says Big Brain Matters More.” (金と結婚しろと言う人はいるけど、あたしの兄は大きい脳のほうが大切だって)

頭文字を取って文を作って暗記するのだった。しかも先生は付け加えた。

「もちろん自分で覚えやすいように変えていいのよ。露骨なフレーズだともーっと覚えやすいみたいよ」

生徒たちは爆笑した。そこで私たちのスタディーグループは「脳」(brain)の部分を「おっぱい」(boobs)に変えて覚えることにした。「お尻」(butts)に置き換えることもできたから、気分によって変えていた。要するに覚えればいいわけだから。

羊の心臓、脳の解剖もした。生徒一人につき、一つがあてがわれた。じっくり勉強したい人は家に持ち帰ってもいいと先生に言われた。自宅の冷蔵庫に保存し、たまに取り出して眺めながら復習した。出張から戻った何も知らない夫は、冷蔵庫のドアを開けて仰天した。今となっては笑い話だが。

伊藤葉子(いとうようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。