第2回 スティ・ヘルシーこそプライオリティとなりにけり

思い返せば、若いころは未来は永久にあるようなつもりでいた。「今日の自分はまだ未熟、明日こそ、未来こそ」と先を見て暮らしていた。ところが、しぼんでいくことを悟った今となっては、先を見つつも「今日のわたしがいちばん若い」と、先よりも今がたいせつに思えてくる。あらためて、歳を重ねるってこういうことなのだなと思う。

もっとも、年齢はただのナンバーでもある。若くても心身共にぼろぼろの人はいるし、高齢でも健康でイキイキしていてとても実年齢に見えない人もいる。先日トランプ大統領の一般教書演説で、ナンシー・ペロシ民主党下院議長がトランプのスピーチ原稿を破り捨てたというニュースが話題になっていたのをご記憶だろうか?  わたしは破った事実以上に彼女が、来月80歳になる女性ということに驚いた。きっちり自分管理と自分磨きをしながら闘っている女性は、年齢に関係なくこんなに仕事ができて知的で美しいのだと!

最近では、わたしの世代が集まると介護や健康ネタのおしゃべりが多い。まさにその問題に直面しているからだが、そんな話を聞けば聞くほど、健康に対する意識が高まってしまう。若くいたいというよりは、「少しでも長く心身共に健康でいたい」と。なんの努力もしなければ、日に日に老けるのはあたりまえだけど、ほんの少し健康管理を意識し小さな努力を続ければ、明日も明後日も“今日のわたし”を維持することぐらいはできそうに思えてくる。

わたしの父は11年前の2月14日、当時の平均寿命79.59歳より短い73歳でこの世を去った。めずらしく一人で外出する予定のあった母は父に「チョコとイチゴ買って来るからね」と言って出かけた。その日父は透析治療後、帰宅途中の車中で倒れ病院に運ばれたがそのまま帰らぬ人となった。好きだったイチゴに有りつくことなく、バレンタインデーが命日と化した。父は常々「美味いものが食べられないなら長生きしてもしかたがない」と言い放ち、外食大好きの食い道楽だった。結果、糖尿病から腎臓を患い、晩年は透析を必要とする体となった。日々体力が衰えていくなかで、「もう少し健康に気をつければ良かった」とポソとこぼしたことがあった。そんな言葉を聞いた娘としては、そのつぶやきを無駄にしてはいけないと思っている。若いうちから食生活に気をつけ、きちんと運動をしていれば、透析の世話になることなく父はもう少し長生きして、孫のウェディングでいっしょに踊ることもできただろうし、その後の成長も楽しめただろうに……と残念でならない。

ここ数年の間には義父母も他界した。かつての同級生の訃報もちらほら届く。親が認知症となり介護で苦しんでいる知人もいる。そんな現実を目の当たりにすればするほど、平均寿命が伸びているからこそなおさら、心身共に健康な体を維持することは、なによりたいせつなこととして迫ってくる。

我が暮らしを振り返ると、つくづく健康に対しての意識が低かったなと思う。米国暮らしではあたりまえのように、朝にはドカンとHFCS(高フルクトース・コーンシロップ=果糖ぶどう糖液糖、異性化糖)たっぷりのシリアルを子どもたちに与えてしまったし、パンケーキにはいちばんお徳用のシロップを買っていた。当時は食品成分表なんて気にもせず、何より「お値打ちでおいしいもの」に飛びついた。今ごろになって、バカだったわたしのせいで子どもたちには多量の毒を与えてしまったかもしれないと、深く反省している。取り返しはつかないが、最近は買い物するときには必ず食品成分表を確認し、体にとってリスクのあるものは買わないようにしている。

ちまたには、おいしい情報は溢れているが、おいしいことと体に良いことは別だ。体に良いものだけを適量、おいしく食べる必要がある。人の体は摂取した食べ物でつくられるのだからまさに“医食同源”だ。経済的、時間的にも毎日の暮らしにゆとりがないと、食に対しても、自分の頭で考えたり学んだりできないものだ。結局、コマーシャルやグルメ情報にふり回され、習慣を見直そうともせず、あげく健康を害する要因にさえなる。

そんなわけで、反省してからは食生活を見直し、食材の買い物方法をがらっと変えた。以来、若かったころ以上に、わたしの体調は絶好調だ。ふり返れば末っ子を産んで子どもが4人になった30代前半のほうが体調は悪かった。ある日、洗濯物を干していると体が震えて止まらないことに気づいた。体重は激減、動悸、息切れとあきらかにおかしかった。当時の日々といったら乳飲み子から幼児、児童と4人の子育てで精一杯であり、医者に行くことさえたいへんだったが、ただごとではなかったので大学病院で検査を受けた。バセドウ病と診断され、「絶対に安静にして下さい」と言われたものの、子育て真っ最中の身にそんなことできるわけもなかった。とりあえず数年にわたり投薬治療を受けていたが、サモアに移住してしばらくしたら治ってしまった。不思議だ。

そして、わたしの40代は典型的アメリカンな食生活を何の疑問を持つことなく堪能した時代である。パンもシリアルも安いしインスタントラーメンはたったの20セント!!マフィントップをしっかり蓄え、ぶよぶよになっている現実を直視もせず、できあいの食材も豊富で便利で安いと、感謝すらして体に悪いものを食べまくっていた。今思えば、アレルギーがひどかったのは食べ物のせいだったのかもと思える。食生活を変えて以来、免疫力が高まったのか、重症だったアレルギー症状は消え、風邪すら引かなくなった。

気づくのが遅すぎたとはいえ、「健康を気遣うことは、自分への投資」「食の安全を意識することは体へのリスク回避」だとさえ考えるようになった。身についている習慣を変えるにはきっかけが要ると思う。もし、もし、かつてのわたしのように今も無頓着な人がいるのなら、ここらでちょっと考えてみませんか?

 

椰子ノ木やほい/プロフィール
食生活を真剣に意識するようになったのは、7、8年ほど前からだ。時を同じくして米国では「食の安全」に関する情報が溢れ出し、ここ数年のオーガニックブームは勢いを増すばかりだ。かつては、食品業界がマスメディアを駆使し、売るためのおいしい情報ばかりを垂れ流すことができていたが、ネットとSNSの普及によって、科学的根拠に基づく不都合な真実が拡散されるようになった。広告や口コミにふりまわされず、質を見極める力を養うことはたいせつだと思うこのごろである。