第5回 変化を受容し対応していく能力、侮るべからず

コロナ禍で生きることを世界の誰もが余儀なくされている。マスクをつけるとかつけないという物理的な暮らしぶりだけでなく、描いていた未来や目標、生きるうえでの価値観までをも変えざるを得なくなった、と言っても過言ではないレベルだと感じている。突然命を奪われた人やその家族、職を失い困っている人の数は日々増え続けている。それぞれの胸中を察するとただただ胸が痛む。「人生なにが起こるかわからない」という窮地に追い込まれている人々にとっては、今がまさに、「一寸先は闇」という感覚なのではないかと、うなだれてしまう。

わたしの場合、例年なら日本への帰省の旅から戻ったところで、いまごろはその疲れを癒やすためのカリビアンリゾートへの旅の準備でうきうきしていたことだろう。が、今年は日本への帰国どころか、この先、いつまた飛行機に乗って旅ができるのかさえもわからないことに愕然とする。旅に行けない程度のことは、残念ながらもたいしたことではないと思えるが、日本で独り暮らしをしている高齢の母と次に会える日が来るのだろうか? と考えると不安になる。不安になったところで、生きる世界がパンデミックと化してしまった今となっては個人的な努力で何とかなるものではないのでどうしようもない。

とりあえずの策として、せめて顔を見て話せるようにとネットでSIMカードとタブレットを購入し、母に送り届けた。スマホやコンピューターとは無縁で暮らしてきた母なので、最新テクノロジーの操作を覚えられるか心配だ。使いこなせば世界は無限に広がるが、目も耳も片方が不自由な83歳の母にとっては、タブレットを使うこと自体が負担になりかねない。それでも会えなくなってしまった現実を前に、なんとかビデオ通話だけでもできるようになれば、「いつでも顔を見て話せる安心感」に繋がると思い、車で30分ほどの距離に住む妹に、タブレットのセットアップと最低限の操作を母に教えるよう頼んだ。

これまで、コンピューターやタブレットを身近なツールとして触ってこなかった高齢の超初心者に、基本操作を教えることは簡単ではなさそうだ。「押してもちっとも動かんのだけど」と母。長年アナログの世界しか知らずに暮らしてきた者にとって、電源は入れたものの、タップとかスワイプという動作自体が未知なのだ。母がスクリーンに映し出されるアイコンを探し、「ぎゅー」と押すも反応しないという様子が目に浮かぶ。妹が必死に教える姿と母の反応はまるでコメディーの一シーンみたいなことになっているんだろうなとミシガン州の自宅から想像しつつ、操作を覚えてくれることを期待した。

妹による数回の講習? でなんとかビデオ通話のかけ方と受け方を覚えてくれたようだ。おかげで今では、遅ればせながらも母と顔を見ての交信が可能となり、母の方からスカイプコールが入るようになった。こんなことなら、もっと早い段階で環境を整えてあげればよかったと後悔しているが、「歳だからもう必要ない」と拒んできた母の言葉に頷いてしまったのも事実だ。

「人生いつなにが起こるかわからない」という状況下、今あらためて、「できるに越したことないことならば、年齢や状況に関わらずできる範囲で備えておいたほうがいい」を痛感している。コロナ禍で暮らしぶりを変えざるを得ない今、最新テクノロジーに長けていれば、便利なサービスもいろいろと利用できるが、操作能力がなければどうしようもないのだ。

たとえば米国の場合、わたしの住む小さな町でさえ、スーパーと宅配サービス会社が連携しパソコンやスマホアブリから注文した食材や日用品を数時間後には配達してくれるサービスが充実して来ている。オンラインで注文した商品を担当のショッパーが、リアルタイムでテキスト交信しながら店内で買い物をし、登録しているクレジットカードで決済したあとは、自ら配達し指示通りの場所に置いてくれる仕組みだ。スーパーの駐車場で待機すれば精算をすませた商品を車に積んでくれるという、カーブサイドピックアップサービスもある。

何年も前からあるものの、コロナ禍においては感染リスクを避けたい高齢者や持病のある人にとって助かるサービスとなり、利用者は急増中だ。買い物代金に加えて、デリバリー代金とチップが要るが人と接触せずに買い物ができることはありがたい。ただ、利用するためにはツールとスキルが必要だ。最新テクノロジーに何かの理由をつけて背を向けて来た人々にとってはせっかくある便利が利用できないので、残念だ。

こんな世の中になることは、最近まで誰も想像すらできなかっただろうが、今、ありがたいサービスの恩恵を受けながら、時代のテクノロジーになんとかしがみついて来たことに胸を撫で下ろしつつ、いくつになっても変化を受け入れていくこと、変化に対応していくことの重要性をひしひしと感じる今日このごろである。

椰子ノ木やほい/プロフィール
コロナ禍でロックダウンとなった3月から、一度も食材の買い出しに行かずに暮らせていることに自分でも驚いている。箱売りや乾燥モノ、日用品や生活雑貨品の類はオンラインショップで購入すれば送料もかかることなく自宅に届くし、もともと今の米国暮らしではお刺身を自分の目で見極めて買うなんてこともないため、2週間に1回程度、生鮮食料品を中心にした食材の宅配サービスの利用で、以前と変わらぬ暮らしが保たれている。自分の目で確かめ、触って買い物したいという欲求もないわけではないが、まだまだ感染者が増え続けている昨今のミシガンではしばらくは、じっとしていようと思っている。