第6回 生き延びよう!?家族の再結集

コロナ禍でどう生きるか? ニューノーマル? などという言葉をよく聞くようになった。誰もが新しい生き方を模索する日々に突入している。米国のニューヨークでは、悲惨な感染爆発を生き抜いた人々が、都市部からの脱出を図る現象が見られるそうだが、それもコロナ禍での新しい生き方を考えた結果なのだろう。

コロナパンデミックだけでもじゅうぶん過ぎるというのに、米国西海岸一帯では山火事の被害が拡大中だ。オレゴン州では50万人を超える人々に避難指示が出ており、火事現場から離れた地域でも燃焼による大気汚染に悲鳴をあげている。米国人の友人は、「アルマゲドンよ、きっと!」とため息をついた。彼女の息子はオレゴンに住んでいてまさに避難を強いられているのだ。すっ飛んで行きたいけど、コロナ禍ではそれすらままならないと嘆く。

このところ米国では平和を感じられるニュースをみつけることは難しい。つい半年前までは旅の計画をねったり、目標のために予定をたてたりと日々の充実に向けてはつらつと過ごしていたというのに、今は先行きが不透明過ぎて予定どころではない。ゴールを設定しようにも、学校は開くのだろうか?明日も会社は営業できるのだろうか?失業して健康保険を失い医者に行けない、解雇されたらどうしよう……といったレベルの不安が渦巻く世の中となってしまった。

幸い、我が家族は今のところなんとか生き延びてはいるが、ここに来て変化があった。娘を筆頭に3人の息子がいて、末息子以外すでに結婚している。次男、三男はずっと州内で暮らしているが、娘は昨年まで、長男は最近まで州外にいた。

今となっては娘夫婦がとってもラッキーだったと思える。彼女は大学院でファッションデザインを学んだ後、希望どおりテキスタイルデザイナーの職を得て6年間ほどオハイオ州で暮らしていた。トランプ政権誕生後、リベラルな州で暮らしたいからと夫婦でカリフォルニアに移住しLAライフを満喫していた。ところが昨年、ミシガンに本社を持つ大手スーパーのアパレル部門から突然のジョブオファーが舞い込んだ。自社ブランドの拡張に向けてテキスタイルデザイナーを探しているとのことで、娘の名を記憶している人からの打診だったようだ。広いようで狭い業界らしく、すぐ断るのも気がひけ、「インタビューぐらいなら……」と後ろ向きに臨むも、条件はあながち悪い話ではないと考え、結局オファーを受け入れた。勤務地はミシガン州ではデトロイトに次ぐ第2の都市で、偶然にも次男夫婦や彼女のダーリンの実家も近い。そんな経緯で、昨年、我が家を出て行って以来9年ぶりに古巣ミシガンに戻って来ていた。

おかげで今年は山火事のニュースを見ても娘夫婦を案じることはなくなった。加えて、パンデミックによる経済悪化でアパレル業界は火の車と聞くなか、かつての娘の同僚たちがのきなみ解雇という状況を知るにつけ、昨年のうちに現職にシフトしておいたことは今となっては英断としかいいようがない。食品主体スーパーのため、コロナ禍でも安泰で現在は完全リモートワークとなっている。さらに娘のダーリンのほうは、移動のために辞してきたLAの博物館から、リモートでだいじょうぶになったからとジョブオファーがあり、ミシガンに居ながらにしてLAの仕事を受注できているのだから、運の強い二人だと言える。

テキサス州のダラスに住んでいた長男夫婦も最近戻ってきた。結婚してまだ1年半の新婚だが、コロナ禍で二人とも完全リモートワークとなったため、住む場所はどこでもよくなった。彼らもまたダラスでの暮らしは気に入っていたが、コロナ禍ではレストランやおしゃれな店はもうどうでもいい。それよりも治安がよく、自然災害が少ない地域で安心して籠もる暮らしができればいいと考えたようだ。

緯度が高く五大湖に囲まれたミシガン州の冬は厳しいが、気候変動により世界が暑さと戦う昨今は、それが完全なるデメリットでもないような気がする。今、住んでいる地域は地理的環境から山火事もハリケーンも地震もない。河川や湖から離れていれば大雨による洪水の心配もない。パンデミックと気候変動による災害、そして不安定な社会情勢がいつまで続くのか先が見えないとなると、よりリスクの少ない土地で家族がお互いに助け合える距離にいることは正直心強い。

これまではそれぞれが自分たちの望む場所で各々の生活をエンジョイしていたわけだが、最近は身近で悲劇が多発しているためか、「万が一の時には助け合えば何とか生き延びられるでしょう!」みたいな会話も生まれていることがちょっぴり可笑しくもあるが、現実に向き合うとそういう気持ちに至るのもうなずける。たった半年ほどの間に世界は変わってしまったとつくづく思う。

そもそも、この連載を決めたときは、セミリタイアライフへの登竜門に向かう日々を記す予定だったのだ。自立して出ていった娘や息子たちなどわたしの生活圏外となっていたというのに、不安定な社会情勢のなか再び家族が州内結集したことで、彼らの存在がわたしの暮らしに再接近してきたようにも感じられる今日このごろである。

椰子ノ木やほい/プロフィール
それにしても、環境の変化や社会情勢を察知して取るべき行動に移す「適応力」は磨いておいて損はないと実感。より安心できる環境を模索し求めていく姿勢が、自分たちの暮らしを守ることに繋がっていくのだろうから。とはいえ、描いた将来も人生もほんとうに儚いものだったのだなぁとため息ばかりの日々である。早く気持ち的に“悠々閑々”と思える日々を取り戻したいものだ。