第3回 有閑マダムから勇敢マダムへ!?

Mさんはもうすぐ50歳になるメキシコ人女性だ。彼女と知り合ったのは、かれこれ25年ほど前のこと。私が夫の海外出張について行く機会があり、彼女もご主人に同行していたのだった。素敵なカップルで、彼女の美貌とセンスには光るものがあったと記憶している。当時の彼女はまだ若かったにも関わらず有閑マダム的な印象で、今でいうセレブという表現がしっくりきた。初めて出会ったころの彼女は違う州に住んでいたのだが、10年ほど前に私の住んでいる州で催されたパーティーで彼女と再会した。産後だったというのに相変わらずとても綺麗で、明るい人柄は変わっていなかった。

久々の再会で話がはずんだものの、話を聞くとパートナーが変わっていたことに驚いた。初めて出会ったときの前夫とは性格の不一致で離婚し、離婚後1年も経たずに新しい相手を見つけ、男の子を授かったそうだ。地方の狭い社会での生活だったので、離婚と妊娠に対する周囲の好奇な目に耐えられず、前夫との間にいた当時小学生だった2人の子どもたちを連れて私の住んでいる州に引っ越して来ていたのだった。新しい彼も外見はイケメンだったが、私の個人的な印象としては、性格的に好感は持てなかった。

私のそのときの直感はあたり、その後つぎつぎと問題が起きはじめたあげく、ついには彼からDVを受けた。結局、彼女は子どもたちを引き連れ夜逃げ同然で身を隠すことになった。その後も身の危険を感じ、ボディーガードを雇い、弁護士をつけと、修羅場となってしまった。前夫と違い一癖も二癖もある男性で、長期に渡る子どもの親権争いなどで彼女は迷走することとなった。結果、彼女は今までのような有閑マダムでいては失うものが大きいと実感し、ビジネスにも長けた勇敢マダムへと徐々に自分を進化させていった。その一端として「子どもたちを守るにはあなたの協力が必要」と持ちかけ、問題解決にかかる費用の一部を前夫に出させていたというのだから、アッパレだ。

正式に別れるまでの泥沼の話し合いの期間を経て、ひと段落つき始めたころにはやはり周りの男性が彼女を放っておくわけもなかった。次から次へとデートの誘いで、彼女のスケジュールがいっぱいになっていった。傍から見ていても、仕事に子育てに恋愛とよくまあこれだけのことをこなせるなと私をびっくりさせてくれた。

周りの女友達の中には、「今はいいけど、歳をとったらおしまいなんだから今のうちに楽しんだらいいのよ」と皮肉を込めて噂話をされるほど話題の人と化していた。そんな噂話を物ともしない彼女の信念として、ひとりの男性とお付き合いをしている間は二股はかけないということは徹底していたようだった。とはいえ、ひとりの男性との付き合う期間がそう長くはないので、周りからするとどう見ても、「とっかえひっかえ」と映ってしまうことは否めなかった。

そんな彼女、ある時15歳上の男性とのお付合いが始まった。彼女が好む“経済的に成功していて知名度も高いメキシコ人男性”である。周りの誰もが「おー彼か、よく捕まえた」というような人材である。紳士的で話題も豊富、人当たりもとてもよく好感が持てた。「Mさん、とりあえず素は見せずに、彼を手に入れるまでは物分かりのいいオンナに徹するのよ」と私はアドバイスも忘れず、今回も応援した。そして彼女もこれまでの恋愛経験から色々な事を学び、頭を使わなくてはいけない恋愛もあると気づいたようで、物分かりのいいオンナを演じた。

結果、お付き合いは順調に進み始めたようにみえた。ところがしばらくすると、やはり段々と雲行きが怪しくなり始めた。彼が出張に連れて行ってくれない、彼は自分の子どもたちが最優先で私に対しての優先順位が低すぎる、夜の回数が少なすぎる、などと不満が噴出しはじめ、またまた交際の危機を迎え別れるときがきた。はてさて、「これ何度目の涙のやけ酒なのだろう? 」と、ついつい数えてしまう私がいたのであった。その後、懲りないMさんの恋愛はパンデミックの中でも進行中らしい。さすがに新たな出会いが難しい状況下で新しい人ではないようだが……。

それにしても彼女のことだ。過去の彼らの人脈をたくみに利用して、さらなる素敵な人との出会いを諦めないで模索し続けているのはまちがいないなと、これまでの経緯を知る者として、今後をも期待をしてしまうこのごろである。

 

山本真希子/プロフィール
Makiko Yamamoto de Mier y Teran
1993年から在墨  メディアコーディネーター・ライター・通訳翻訳
メキシコに住み始め25年以上が経過、激しい気性の彼らが起こす恋愛事情は率直に言って『ビックリ』そして『面白い』『明るい』そんな彼らの日常にふれてみた。