第29回 ラテンアジア、フィリピン

 
ニノイ・アキノ国際空港の到着ゲートには、黒いタンクトップから極彩色の刺青をのぞかせたマッチョなサングラス男が待ちかまえていた。こんないかつい荷受人は初めてだ。いつもは日本人にせよ、現地人にせよ、勤務先の工場や運送会社...
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東ティモール独立までフィリピンは東南アジア唯一のカトリック教国だった

ニノイ・アキノ国際空港の到着ゲートには、黒いタンクトップから極彩色の刺青をのぞかせたマッチョなサングラス男が待ちかまえていた。こんないかつい荷受人は初めてだ。いつもは日本人にせよ、現地人にせよ、勤務先の工場や運送会社の作業着を着てくる人がほとんどなのだが。それにしても、とても堅気とは思えぬ見事な刺青である。

ちなみにフィリピンは刺青を入れた者は入国できないことになっている。これは日本のマフィア、つまりヤクザ対策である。指を詰めていても入国できない。最近はファッションとして刺青を入れる人が増え、以前ほど厳しくはなくなった。しかし、ワンポイントならともかく、大きな刺青は長袖、長ズボンでおおって、入国審査を受ける方が無難である。刺青を入れたヤクザと堅気を分ける目安は、審査官の胸ひとつなのだから。

10年ほど前までマニラ行きの便に乗っていたのは、ヤクザとフィリピーナのカップルばかりだった。当時、ヤクザはこぞってビートたけしみたいな派手なセーターを着ていた。しかし、日本での興行ビザが下りなくなり、いわゆるジャパユキさんとともに渡比するヤクザも徐々に減っていった。あの派手なセーターの下にはさらに派手な刺青が隠されていたのだろうが、ヤクザは止められることもなく、ガンガン入国していた。パスポートに1万円札をはさんで解決していたにちがいない。

空港を出たばかりならヤクザとて丸腰だ。ヤクザも堅気も分け隔てなく接するのがフィリピンのタクシー運転手である。タクシーとは動く密室なのだ。日没後に空港からタクシーに乗るとかなりの確率でタクシー強盗に遭う。日本では強盗されるのはタクシー運転手の方だが、フィリピンではタクシー運転手とその一味が強盗するのである。身ぐるみ剥がれて、ぼこぼこにされたヤクザが日本大使館に駆けこんでくるのは、世界広しといえどもマニラだけだ。

東南アジアでフィリピンだけずいぶん雰囲気が違うのは、スペインの植民地だったからだろう。どこか中南米のような、ラテンアジアと呼ぶ方が当てはまる気がする。

刺青の荷受人はサングラスを外すと思いがけず童顔だった。映画『ブルース・ブラザース』のジョン・ベルーシみたいにつぶらな瞳をしていた。実際、彼は青年と呼べるほど若かった。きっとこんなフィリピンで舐められまいとして、刺青を入れているのだろう。彼は親切にも安全なタクシーを探してきて、私を乗せると満面の笑顔で見送ってくれた。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、48カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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