6 「手書き」に実力がにじみ出るベルギーの履歴書/ベルギー

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小学校低学年から飛び級もあれば落第も日常茶飯事。それを経て、高校や大学の卒業テストに臨むベルギーの若者は、試験を終えると、精根尽き果て、しばし放心状態に陥ってしまう。そこで、まずぼうっとバカンスに出かけて元気を回復してから、「三々五々」という感じで職探しを始めるので、ベルギー社会には「新卒」「就職シーズン」などという概念はない。しばらく仕事が見つからないと、就業実績がなくても期限なしで失業保険がもらえてしまうから、ことさら焦る様子もない。

「就職指導部」も「就活セミナー」も「求人情報誌」もない社会。履歴書も規格化されたフォームはなく、CV(Curriculum Vitaeというラテン語の略)と呼ばれる履歴書は実に千差万別。アメリカのビジネススクールで、「年俸数万ドルの差がつく戦略的レジメ」なるコースを受講した私には、冗長で、読みにくく、スペルミスまであるCVを平気で出してしまうベルギー人には唖然とさせられるが、何より驚いたのは「手書きがよし」とされること。最近ではさすがにCVだけはワープロソフトで作成されたものが標準らしいが、それでも、CVに添える手紙は手書きが好まれ、求人側はその筆跡やレイアウトから、几帳面さなどの性格や教養を見極めようとする。

ベルギーの学校教育では、鉛筆やシャープペンではなく、万年筆だけで書き方を習う。筆記試験では、ペンのみが許され、消しゴムや修正液は使うことができない。小学生ディクテーション・コンクール(書き取り)がテレビ中継され、いかに難しい語彙や述語の活用を、その場で誤らずに正しく書けるかが競われる。こうして書く力が培われるので、「手書き」には、教養・人格全般にかかわる「地の実力」がにじみ出ると考えられているようだ。


栗田路子/プロフィール

分裂がささやかれる古くて新しい国ベルギー。「欧州の縮図」とも言われる、民族・言語事情の複雑な、このちっぽけな国から日本に発信することを使命と考え、TV番組制作のコーディネートや執筆に奮闘しています。「ベルギーの仕事はベルギー在住者で」をモットーに、「コーディーターズ・クラブ・ベルギー」を運営。今年は、障害孤児の養子縁組を支援する「ネロとパトラッシュ基金」の再出発も検討中。