第6回(最終回) 学び工房

新学期が夏休み明けの8月に始まるドイツでは、卒園まであと半年あまりになった1月ごろから、多くの幼稚園で年長組を対象に入学準備コースが始まる。ほとんどのコースが、アルファベットや数字の基礎、音楽、絵画、英語…など知識を習得...
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新学期が夏休み明けの8月に始まるドイツでは、卒園まであと半年あまりになった1月ごろから、多くの幼稚園で年長組を対象に入学準備コースが始まる。ほとんどのコースが、アルファベットや数字の基礎、音楽、絵画、英語…など知識を習得する内容になっているのとは対照的に、娘の通う幼稚園では、「学び工房(ドイツ語でLernwerkstatt)」という名の「学ぶことを学ぶ」試みがここ数年行われている。連載最後となる今回は、この「学び工房」について紹介したい。

「学び工房」のコンセプト自体はモンテッソーリ教育をはじめとする複数の教育理念を基にアメリカで創始されたがドイツには80年代に学校教育に導入され、現在では様々なかたちで解釈・実施されている。幼稚園で行われている「学び工房」は、母体である労働者福祉協会(AWO)が幼稚園児用に独自に開発し直したものだ。その大きな特徴は、教育者が何かを指導するのではなく、子どもたちが自発的に選んだものを、自分のペースで、自ら見つけた方法で学んでいくということだ。「学び工房」では、「知識」はあくまでも副次的な産物であり、以下のような学ぶための術(すべ)を学ぶことに重点がおかれている。

実際に「学び工房」の現場を訪ねてみた。先生はただ子どもたちのそばについているだけで、誰かが助けが必要だと言わない限り、絶対に手伝わない。これにより、問題解決のためには、まず自分が行動を起こさなければいけないことを子どもたちは学ぶ。また、工房が行われる部屋は、年下の園児たちが遊ぶ部屋から隔てられ、まったく邪魔されないようになっている。特に説明されなくても子どもたちは、集中するにはそのための環境が必要であることを体得していく。部屋の壁全面は棚になっており、教材が所狭しと並んでいる(写真1教材のごく一部)。これらの教材は、子どもたちが大人の手を借りずに自分でやり方を見つけられるよう熟考され作成されている。ひとつひとつの教材は箱に入っており、箱のふたには、この学習の進め方が文字ではなく絵や図で示されている(写真2)。これは子どもたちが自分で解決方法を見つけ出すのを促し、また、文字がまだ読めない子どもやドイツ語が出来ない子どもも無理なく学習が進められる。学ぶ内容も文字や数の基礎など以外に、ボタンをかける、布地を縫う、釘を打つ、くるみを割る……と「学習」とは直接関係ないと思われがちな生活の基礎なども含まれている(写真3)。工房における唯一のルールは、教材を選んだら最後まで一人でやりぬくこと。それ以外のルール作りは、状況に合わせて子どもたちが話し合って決めていく。実際に、学習ペースの遅い子どもを他の子どもたちがけなした例があった。傷ついた子どもは先生に訴えたが、先生はすぐに良し悪しを示したりせず、工房に参加する全員を集めて話し合わせた。その結果、それぞれの子どものやり方を尊重するというルールと、これを守らなかった場合の罰則まで子どもたちが自分で決めた。自分たちで決めたルールは、非常に真剣に受け止められ、与えられたルールの比ではないという。このプロセスを踏んでいくことで子どもたちは、自分で問題解決できるという自信を身につけていく。工房の一環として実験を行うことも出来る。液体をこぼしてしまったり試験管を割ってしまったりと、慣れない作業では失敗もある。ここでも先生はすぐに指示を与えず、どうしたらよいかを子どもたちに考えさせる。大抵子どもたちは自分で掃除道具を取りに行き、互いに助け合って元通りにする。失敗の解決を人任せにしないことも自らの経験から学びとっていくのだ。

近年はドイツでも、落ち着いて席についていられない、個々に課題をする際自分の作業に集中できないなど、小学校に入学してくる子どものしつけや学習に対する基本姿勢の欠如が頻繁に指摘されている。家庭の責任ももちろん大きいが、この「学び工房」を体験した子どもたちは、学校のリズムに非常に早く順応している、と小学校での評価も高い。彼らは、「学ぶ」ということが単に「教えてもらう」ことではなく、自発的、能動的に行動することであり、集中しなければ目標に到達できないのだ、ということを、半年の間に学び取っているようだ。何よりほほえましいのは、「学び工房」終了時期の年長組がほんとうに自信にあふれた顔をしていることだ。この時期に身につけた自信は少々のことでは揺るがない。彼らの今後の成長がほんとうに楽しみだ。

これまで1年にわたりドイツの幼稚園について書いてきた。ドイツ社会の多様化とともに子どもとその親たちが幼稚園に期待するものも多様になってきている。その期待に応えるべく努力している幼稚園の姿が少しでも垣間見えたなら嬉しい。

たき ゆき/プロフィール
レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、7歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。ドイツの春は急にやってくる。昨日まで7度だった気温が急に20度以上に!バタバタと半袖Tシャツを引っ張り出し、アイスを買って……忙しいけれどなぜかウキウキ。