第1回 列車の旅は権力次第?山西省・大同 その1

LINEで送る

夫の転勤によって北京に移り住んでから2ヶ月が過ぎ、10月の国慶節(建国記念日)の休暇に私達夫婦と息子の3人家族で国内旅行に出ることにした。行き先は中国三大石窟の一つといわれ、世界遺産に登録されている雲岡石窟(注1)のある山西省、大同。初めての中国列車の旅。

10月1日の国慶節を軸とする1週間の休暇は、春節(旧正月)ほどでないが、人の移動で駅や空港は人であふれかえる。中国国内を旅したこともない、カタコト中国語の子連れ外国人が容易に動ける時期ではないので、私たちは旅行代理店のツアーで行くことにした。ツアーといっても客は私達家族だけで、ツアーに組まれている宿や列車の切符、ガイドなどの手配を依頼するのだ。

北京から大同へは夜行列車に乗って翌朝には到着する、広い中国では手軽な旅といわれている。出発の2週間ほど前、旅行会社に今から手配して国慶節に大同へ行けるかどうか尋ねると、「大丈夫です」という軽快な返事。だがツアーの申し込みをすると、「おそらく、列車の切符は取れると思います。安心してください」と話しが怪しくなってきて、案の定「切符が取れた」という返事はなかなか来ない。その後北京から大同行きの切符が取れた知らせは入ったが、「帰りの分はまだわからない」と予定は未定。

中国の寝台車両には大まかに一等の軟臥(ルワンウォ)と、二等の硬臥(インウォ) の二種類ある。私たちが待っている切符は軟臥。2005年当時軟臥にのる乗客の多くは、共産党幹部や富裕層、そして外国人で、旅行会社が説明するには、限られた枚数しかない切符を買うのはたやすいことではないらしい。また切符が販売されているのは、乗車駅かその街の販売所なので、往路は北京で買えても、復路は大同で買わねばならない。

いったんは「帰りの切符が取れない」という連絡が旅行会社から入ったが、「二日後に大量のキャンセルが出るらしいので、大丈夫」という預言者のような返事が舞い込んで来た。どうやら切符を買うには、権力やコネも必要らしい。結局、出発直前に帰りの列車の切符も無事取れて、国慶節の旅行が決定! 何事も直前になるまでわからないのが中国流、それにしても旅行に出るまでにくたびれてしまった。

初めて訪れた北京西駅は北京駅と並ぶ巨大なターミナル駅で、毎日多くの長距離列車が発着する。人々が持つ荷物はスーツケースだけでなく、飼料や穀物の袋をカバン代わりにして肩に担いだり、風呂敷を背負ったり、あるいは棒に何個もカバンをひっかけて天秤のように運んだりとさまざまだ。意気揚々と目的地に向かう人々がひっきりなしに通って行く。

軟臥など一等乗客の待合室には、シャンデリアに革張りの大きなソファがあり、飲み物も注文できて権力の匂いがプンプン。一方硬臥の大部屋のような待合室は入っただけで人の多さと、感じたことのない熱気に後退りしてしまうほど。乗車するときはそれぞれの待合室から改札が始まり乗車するが、硬臥は改札前で行列をつくり、乗車する時には人と荷物でおしくらまんじゅう、軟臥は優先乗車で人の多さを何事も無くかわして、列車に乗り込む。外国人の多くはこの「権力の間」に身を置いているのだ。

北京西駅一等乗客の待合室

軟臥のコンパートメントは寝台が上下の二段で、四人一室。三人家族だと、他人が一人同室になるのだ。これをわずらわしく思い、もう一人分の切符も買い上げて、一家で完全個室として使う外国人家族もいるらしい。同室になったのは、自称フランス人という中年の男性。もちろんフランス人というのは真っ赤なウソでジョーク、山西人なのか大同で石炭関係の仕事をしているという。こざっぱりとした身なりで堂々とした話しぶりから見ても、会社幹部なのだろう。

検札でパスポートと切符を見せると、パスポートだけが返された。切符は後で返してくれるらしい。もう夜も遅いので、少し車内の雰囲気を味わったら、すぐに就寝。息子はパジャマに着替えたが、知らないオジサンとこの部屋で「夜を明かす」ので、私は着替えられなくなってしまった。5歳の息子と私はそれぞれ下段ベッドで眠りについた。

一等寝台、軟臥(ルワンウォ)のコンパートメント

夜中にふと気づくと息子がいない! 息子は寝相が悪いので下段に寝かせたのだが、やっぱりベッドから落ちて床で寝ていた。暗い中引き上げようとすると、窓の近くにあった熱いお湯の入ったポットを抱きかかえている! ポットといってもコルクのふたがあるだけで、倒れたらお湯がこぼれそうなもの。まずはポットを腕から静かに抜き、それから息子をベッドに引き上げた。ポットが倒れていたらと思うとゾッとして一瞬で目が覚めてしまった。

朝、車掌が「もうすぐ大同駅」と起こしに来て、切符を返してくれた。最初の検札の時には切符を預けるのは不安だったが、寝台列車では乗り過ごす心配がなく、しかも切符を紛失することもなくて案外良いシステムと実感。

大同行きの列車のプレート

やっと着いた念願の大同駅には日本語を話すガイドとドライバーが迎えに来てくれていた。

山西省・大同 その2に続く

注1: 雲岡石窟の「岡」は「崗」と表記されることもあるが、中国では一般的に「岡」が使われている

≪林 秀代(はやし ひでよ)/プロフィール≫2005年から2008年まで中国・北京在住。現在神戸在住。フリーライター。北京滞在時より中国の生活や育児、北京の街や中国の旅を題材にしたエッセイや記事を書いている。帰国後は神戸の華僑からの聞き書きも始めている。‘99年生まれの男児の母。