第2回 「フリー・スクール」開校

前回のエッセイの通り、気分的な紆余曲折を経たものの、無事に息子が新設校に入学した。わたしたち家族にとってうれしいのはもちろんのことだが、このフリー・スクールの創設に加わった人々にとっても喜びはひとしおだったことだろう。こ...
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ローカル紙から取材を受けた新設校

前回のエッセイの通り、気分的な紆余曲折を経たものの、無事に息子が新設校に入学した。わたしたち家族にとってうれしいのはもちろんのことだが、このフリー・スクールの創設に加わった人々にとっても喜びはひとしおだったことだろう。この学校は、元教師であり現在は母親であるひとりの女性と、近隣の友人たちのグループから始まり、多くの地域住民や教会などの協力を得て、昨年9月に開校した。コミュニティの中心である教会の、使われていなかったスペースが学校として改装され、陽当たりの良いクラスルームスペースに生まれ変わった。

改装中の校舎を視察する子どもたち

「フリー・スクール」と言うと、親ではない立場の人は決まって「授業料がタダってこと?」と尋ねる。だから、「公立の小学校は、どこも授業料はないのよ」というところから説明しなければならない。ならば何がフリーなのかというと、学校自体に様々な決定権があり、学校の特徴を自由に選ぶ権限が与えられているという所だろう。フリー・スクールと、その他の公立校の大きな違いとしては、後者が地方自治体の管理下に置かれている一方で、前者は「半独立校(semi-independent)」のような形の学校であり、地方自治体を通さず直接中央政府から学校を運営する資金が充てられる点。そのため、学校の特徴や必要に応じて運営金の予算を組むことが出来るのである。また、公立校で教えるべき必修科目「ナショナル・カリキュラム」に従う義務がなく、履修科目を自由に選択することも出来る。例えば、ラテン語を必修科目に加えたり、数学に強い子どもを育てるためのカリキュラムを組んだり、またヒンズー教、ユダヤ教、英国国教会などの宗教系の学校とすることも可能だ。さらには、生徒数、学期や1日の授業時間の長さ、教師を採用する決定権も与えられる。教師に関しては、教育免許を持たない無資格者も教師として勤務する事ができるという、ちょっと驚きの新ルールまで採用されている。

すっかり新たに生まれ変わったクラスルーム

さて息子の学校へ話を戻すと、レセプションクラス(義務教育直前の学級、この次の学年から一年生)は、生徒数15人。それに対して、交代制ではあるが担任の先生は二人、アシスタントティーチャーが常にひとりという体制で子どもたちを受け持つ。クラスに応じて、外国語やダンス、美術の先生、時には校長先生が授業を行うこともあり、人数の面ではかなり行き届いた現場だと親としては思う。少人数制なので、先生方もひとりひとりによく目が行き届いているようで、「今日はエアギターを披露してくれた」、「ほうれん草は食べなかった」、「クラスメートのイザベラと恋人になったらしい」などとこまめに教えてくれる。

小さな校庭で、時にはアートの授業を

前述の創設代表者の女性(現在は理事長)に話を聞いてみると、わたしたちの学校のフリー・スクールとしての利点は、「More for our school children」を実践できる所だと感じているとのこと。つまり、「わたしたちの子どもたち」のニーズに合わせた、細やかな配慮ができるというところだろうか。例えば、多文化シティのロンドンだけあって、生徒たちの親はフランス、スペイン、ベルギー、イタリア、ドイツ、ロシア、ウクライナ、ブラジル、日本と様々な国籍を持つ。これを加味して、さらに将来的な必要性を考慮した上で、学校で習う第二外国語はスペイン語が選ばれることとなった。また、コミュニティから生まれた学校であるだけに、地域との結びつきも強く、近隣に住むアーティストがアートの授業を教えたり、セラピストとして働く生徒の父母のひとりが、子どもの聴力と集中力を高める「ミュージックセラピー」をテーマにしたクラスを持つこともある。子どものニーズに基づいた教育項目や、地域コミュニティからのサポートによるバラエティ豊かな授業スタイルもフリー・スクールの魅力と言えるだろう。

ワールドブックデイは、思い思いの主人公を装って。

そうはいっても、子どもたちにとっては学校の形態など、どこ吹く風といった調子だ。レセプションクラスは、まだ机を並べて黒板に向かうスタイルではないこともあり、毎日が楽しい遊びのような雰囲気。「今日は学校で何をしたの?」と聞いても、「みんなと遊んだよ」という返事が返ってくるばかり。けれどもちろん、遊びをベースにしたアクティビティこそ、学習の一環なのだ。ヘルメットをかぶって、チェックボードを持ち、大工さんのコスプレで、学校中の電球やガラスを見回りながら、数を数えることを覚え、問題が起きた時にどんな解決法があるのかを学ぶ。毎日新しい事に出会い、朝より少しかしこくなって帰ってくる。学期に一度の先生との二者面談によると、来タームの息子の目標は「百まで数えられるようになること」と、「スキップができるようになること」なのだそうだ。

平川さやか/プロフィール
フリーライター/フォトグラファー/メディアコーディネーター。
北海道札幌市生まれ。ファッション、インテリア、旅、キッズの分野を中心に、取材、撮影、執筆を手がける。夫と息子と白黒の猫とロンドンハムステッドに住んでいます。猫とお笑いと旅が好き。ヴァージンアトランティックのブログVもよろしくお願いいたします。http://www.virginatlantic.co.jp/blogv/sayaka/