第4回 旧ユーゴスラビアの国、コソボ

ケルホで遊び疲れた次男がお昼寝している間にWikipediaでざざっと調べてみると、「コソボ」はバルカン半島に位置する旧ユーゴスラビアのセルビアに属する自治州の一つで、2008年に独立宣言をしている。同国の独立を承認して...
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ケルホで遊び疲れた次男がお昼寝している間にWikipediaでざざっと調べてみると、「コソボ」はバルカン半島に位置する旧ユーゴスラビアのセルビアに属する自治州の一つで、2008年に独立宣言をしている。同国の独立を承認している国々からは「コソボ共和国」と呼ばれ、承認していない国々からはセルビア領土の一部とみなされ、「コソボ・メトヒヤ自治州」という地域名で呼ばれている。

公用語は、アルバニア語とセルビア語。主要な民族構成は、アルバニア人が 92%でセルビア人が 4%。宗教は、アルバニア人住民の大半がイスラム教を信仰しており、セルビア人住民はセルビア正教を信仰している。

ちなみに独立を承認しているのは、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、日本など含む98ヶ国で、セルビア、ロシア、中国に加え、国内に独立問題を抱えるスペイン、キプロスは承認を拒否しているとのことだった。日本が独立を承認している立場だと知るとなぜかホッとし、夫の言う通り、コソボのことを「ロシアの近く?」などと見当違いなことを言おうものなら、ケルホのコソボ人達はさぞかし気分を害しただろうと想像した。

「旧ユーゴかぁ……」

大学時代(20年前)にニュースで報じられるこの地域のことがさっぱりわからず、『解体ユーゴスラビア』という本に手を出したことがあったが、読めば読むほど謎が深まり、挿絵の地図の変遷にもついて行けず、ついに読破することができなかった。

繰り返すが地図なら弱い。それが年刻みで戦争があって、内戦があって、紛争があって、国境線が点線になったり実線になったりしながら、姿かたちすら変えているのだ。この本同様、Wikipediaに書かれていたコソボの歴史は、紀元前3~1世紀頃のダルダニア王国から始まり、スラヴ人の侵入、6-7世紀以降のブルガール人による征服、第一次ブルガリア帝国からの支配と戦争だらけの歴史が長々と綴られており、スクロールしてもスクロールしても終わりがない気持ちになる。最終的に独立を巡って未だに対立しているセルビアとの確執はさかのぼること12~13世紀と根が深い。

それにしても独立はまさに次男が生まれた2008年、すなわち私がケルホに通い始めた一年前のことである。ケルホでコーヒーに角砂糖をたっぷり入れてはじけるように談笑している彼女たち、「サチコにはチャイね」とお茶を出してくれる彼女たち、真剣なまなざしでフィンランド料理を教えてもらう彼女たち、ケルホが終わると、競うようにして外へ飛び出し、片手で数えるほどしかないケラヴァのアパレルチェーン店へ洋服を物色しに行く彼女たち――あんなに、明るくてくったくのない彼女たちが戦火を逃れた難民?

「どうやって逃げてきたの?」「あなた達は一体どんな目に遭ったの?」「怖かった?もう大丈夫よ」「日本は独立を承認してますからね」――お互いの子ども達の成長の様子や、フィンランドでの生活やフィンランド語との格闘など、今まで当たり障りのない話ばかりをしてきた彼女たちと、もっと話したいことがあふれだしてきた。しかし、彼女たちと一緒にベビーカーを押しながら「これかわいいね」「あれ安いね」とそれらのチェーン店にも出かけるようになった私が、改めて「あなたたち難民?」と正面切って聞くのは何かとても気まずいことのように思われた。

靴家さちこ/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、結婚を機に2004年よりフィンランドへ移住。「marimekko(R) HAPPY 60th ANNIVERSARY!」、「Love!北欧」、「オルタナ」などの雑誌・ムックの他、「PUNTA」、「WEBRONZA」などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。フィンランド直送のギフト店「ラヒヤパヤ(Lahjapaja)」を運営。