第6回(最終回)「世界一幸せな国」デンマークから学べるコト

「世界一幸せな国」デンマークに出会ってからの10年間を思い返してみれば、デンマークのイメージは私のなかで大きく変化し、より具体的で鮮明になった。「夢の国」に思えたデンマークへの期待は、最初の訪問で見事に打ち砕かれた。だが...
LINEで送る

「世界一幸せな国」デンマークに出会ってからの10年間を思い返してみれば、デンマークのイメージは私のなかで大きく変化し、より具体的で鮮明になった。「夢の国」に思えたデンマークへの期待は、最初の訪問で見事に打ち砕かれた。だが、実際に暮らして見えてきたデンマークの実像は想像以上に面白かった。高福祉国家が抱えるジレンマや問題も見えてきたが、5年間住んでみた個人的な感想を言えば、やはりデンマークは暮らしやすい国だと思う。そして、その理由はなんといっても、充実した社会制度と徹底的なデモクラシーの精神であろう。

日本からデンマークに移住して、私は社会の構造や制度が人びとに与える影響の大きさを実感している。ある意味では、社会の構造や制度が人びとの日常生活をカタチづくり、その社会ならではの常識やモノの見方・考え方をカタチづくっていると言っても過言ではない。

オーフス大学。教育費は無料で、学生は返済義務のない学生支援金SU(Statens Uddannelsesstøtte)を受給できる

たしかに、どんな環境で生まれ育っても、気持ちの持ちようで幸せになることはできる。「自分の不幸を社会のせいにするな。環境のせいにするな」というメッセージにも頷ける。だが、世界には「生きやすい社会」と「生きにくい社会」があることは事実である。いくら精神論を語っても、いくらカウンセリングをしても、土台に「生きにくい社会」があるのでは、幸せになるのはむずかしい。日本には、ひきこもりが160万人以上いるといわれる。自殺率は世界のなかでも高く、自ら命を絶つ人は年間約3万人。1日あたりに換算すると平均80人以上で、15~39歳では各年代の死因のトップが自殺である。1998年以降は雇用・経済環境の悪化で中高年男性の自殺が急増している。もしも日本にデンマークのような社会制度やデモクラシーの精神があったらどうだろうか? そう考えずにはいられない。

デンマークには、機会の平等、セーフティーネット、仕事とプライベートを両立しやすい環境、人びとの間の連帯感、基本的人権を尊重する姿勢がある。たとえば、医療費と教育費が無料であることは、(無料であるゆえの弊害もあるが)経済的理由で病気や怪我の治療を断念したり、子どもをもつことを諦めたり、進路を変更する必要がないことを意味する。また、いざというときのセーフティーネット(手厚い失業手当、生活保護、国民年金、18歳以上の障がい者に給付される早期年金、子ども手当、返済義務のない学生支援金など)は、子ども・学生・高齢者や社会的に弱い立場にある人を資本主義の競争原理から守っている。また、週37時間を基準とする短い労働時間、残業を奨励しない職場の雰囲気、約3週間の長期休暇、夫婦で合わせて約1年間取得できる育児休暇、十分な保育施設の整備などは、仕事とプライベートを両立しやすい環境を生み出している。さらに、小国で人口が少ないこと、透明でオープンな政治があること、累進課税制で格差を抑える福祉システムがあること、労働組合や経営者団体の組織率が高いことなどは、人びとの間に信頼と連帯感を育んでいる。

デモクラシーや社会制度について白熱した議論が交わされるデンマークの国会議事堂

そして、最後に重要なのは、基本的人権を尊重する姿勢である。親であっても子どもの進路・恋愛・結婚などにあまり口出しせず、子どもの意思を尊重する文化、ほとんどの女性がフルタイムで働き、男性の育児休暇取得も当たり前という男女平等ぶり、年齢や立場にかかわらずフラットに意見を交わすオープンなコミュニケーション、同棲・非婚外子・養子縁組・離婚・再婚・同性婚などが当たり前という性や家族へのオープンな考え方……。デンマークは人が幸せを追求する権利を奪わない国である。私たちには自らの幸せを追求する権利があり、他人にも自らの幸せを追求する権利があるということを、デンマーク人はよくわかっている。

もちろん、デンマークの社会制度や考え方をそのまま日本に導入することなどできないし、そうすることが正しいとも思わない。だが、「世界一幸せな国」デンマークから私たちが学べることはあるはずだ。デンマークに暮らしている私にできること、それはこの国にある「幸せのヒント」を見つけて日本に発信することである。

針貝有佳(はりかいゆか)/プロフィール
デンマークのライター兼トランスレーター。東京・高円寺生まれ。早稲田大学第二文学部を卒業後、早稲田大学社会科学研究科で「デンマークの労働市場政策」について研究し、修士号取得。その後、デンマーク人の夫と結婚してデンマークに移住し、現在は2児の母として子育て中。現地のナマ情報・発見・感動をウェブや雑誌から発信するほか、翻訳やリサーチも手がけている。

ネットで読める主な記事
北欧、暮らしの道具店HPのデンマーク特集
ラジオ番組 Eco Action World出演
エキサイトのコネタ
地球の歩き方コペンハーゲン特派員ブログ(更新は6月に終了)
SoDaTsu comデンマークの子育て事情
ANAコペンハーゲンガイド
北欧じかん寄稿