第10回 ワーカーホリックとだるまと鏡

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ワーカーホリックとだるまと鏡

「私はいったい誰?」

鏡を通してカメラに目線を送るモスカ。シャッターの音にあわせ首をかしげ、台詞を交え、表情を変える。まるで鏡に映る姿を確認しながら、自分を認識していく作業をしているよう。

パウリーニョ・モスカはブラジルを代表する音楽家の一人だ。THE BOOMの宮沢和史氏のアルバム、「アフロシック」にも参加、ペネロベ・クルス主演の「ウーマン・オン・トップ」のサウンドトラックにも曲をつくっている。

モスカの自宅を訪れたのは、ブラジルの雑誌の仕事中毒に関するインタビュー記事の撮影のためだった。別のジャーナリストによりインタビューは数日前に終了しており、私は写真を一枚撮るのみ。ところがモスカは快く私を招きいれた後、仕事中毒についての持論を展開。フロイトにトルストイまで参加し、日本で買ったという「だるま」にたどり着くまで、その間約3時間。一生懸命に、かつふざけながら話す哲学的な内容に、目をチカチカさせながらも惹き込まれてしまった。

それでも、もうそろそろと撮影の話をすると、きょとんとした顔で「インタビューじゃなかったの?」と。毎日たくさんのインタビューを受けており、インタビューはすでに済んでいることを忘れてしまったとか。

何枚か雑誌用にシャッターを押した後、モスカはお手洗いから鏡を担いできた。彼は写真を好み自身で撮影もするが、特に鏡を使用した写真を多く撮っている。議論は写真を撮りながらも続き、結局4時間近くも初対面の私を自宅で歓迎してくれたことになる。といっても必要だった雑誌用の写真を撮るのに要した時間は5分。なぜ仕事中毒についてのインタビュー対象に、音楽家であるモスカが選ばれたのか。帰宅後、そんなことを考えながら彼の創った音楽を聴いた。

≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
ブラジル在住8年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種が芽を出してはや6年。わんぱくに成長したわが子に、 読み聞かせ絵本のポルトガル語を直される毎日。ビールを片手に楽しむ議論はタブーなし。討論好きのブラジル人に混じってスピーチ力、高めてます。ブログ、「VIVAカリオカ!」