第1回 リベルダージの天使

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第1回 リベルダージの天使

サンパウロの中心地区にある東洋人街を、リベルダージと呼ぶ。日本人が海路ブラジルに移住するようになったのは、今から99年前のこと。サントス港に到着した移民はサンパウロ市内の移民宿舎に集められた後、各州の農場へと散っていった。想像を絶する過酷な労働、病魔との闘いなどから、入植地から逃げ出す移民が多かったという。彼らは次第にサンパウロ市に戻り、日本人街を形成した。

広場の片隅で、日本人の顔をした天使が、長い間眼をつぶりたたずんでいた。雑踏を一瞬にして無にするような、そんな静かな表情に、ブラジルに生きる日系人の確かな存在を見た。日系移民の歴史に眠る、踏みにじられた生を思った。

誰かが投げ込んだコインの音を合図に、両手が上下し、それに引っ張られて羽がゆさゆさと動いた。金色の髪に飾られた黄色い花の冠に手を添え、天使はゆっくりと眼を開いた。足早に通り過ぎる人々を超えて、ぼんやりと眺める私と眼が合った。

そのとたん、天使が地上に降りた。泣き叫ぶ赤ちゃんを抱きかかえた父親が、おろおろと側によってくる。慣れた手つきであやし、父親に向かって天使は、ポルトガル語で叫んだ。「うんち!おむつはどこ?」


≪高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール≫
ブラジル在住7年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種は芽を出してはや4年。読み聞かせ絵本のポルトガル語を、息子に直される毎日。ビールを片手に楽しむ議論はタブーなし。討論好きのブラジル人に混じってスピーチ力、高めてます。ブログ  「VIVAカリオカ!」