第3回 振り出しに戻る

私が間違ってガソリンの代わりにディーゼルオイル(軽油)を給油してしまったと知り、我がパートナーはすごい形相になって怒り出した。と言っても私に対してではなく、寝ている私を無理やり起こし、給油を頼んでトイレへ走り去ってしまっ...
LINEで送る

私が間違ってガソリンの代わりにディーゼルオイル(軽油)を給油してしまったと知り、我がパートナーはすごい形相になって怒り出した。と言っても私に対してではなく、寝ている私を無理やり起こし、給油を頼んでトイレへ走り去ってしまった自分への怒りだ、ということらしい。おまけに、ディーゼルの給油口しかない場所へ車を停めたのは彼自身だったのだから、まあ少しぐらい責任を感じてくれてもいいのかもしれない。彼の顔は怒りで赤くなった後、車が完全にダメになってしまうかもしれないという恐怖で、青くなっていた。

大平原の一本道。世界で最も長い直線道路の一つ、Eyre Highway  ( Photo by "Australian Traveller”)

もちろん、当の本人である私も罪悪感を感じてはいたのだが、なぜか気楽に「何とかなるだろう」と思いつつ、彼の大慌てぶりを他人事のようにぼーっと見ていた。しかし私の楽観的な予想は、大きく外れることになる。彼が買ってきた売店のポンプでは軽油を抜くことができなかった上、こんな田舎でプロのロードサービスを呼んだとしても、一本道があるだけの大平原では、辿り着くまでに何日もかかってしまうというのだ。結局、その場にいた長距離トラックの運転手のアドバイスに従って、ハイオク・ガソリンをタンクの残りいっぱいまで入れて中和させ(というのは素人考えだったと後で知ったのだが)、そのまま走ってみることにした。

走り出しに「ガックン、ガックン」と尋常じゃないショックを感じたが、何とかスタートし、そのまま200kmほど何事もなかったかのように走り続けた。が、次の給油地点に入る直前に、スピードメーターの周りのコンピューター・ライトが全て点滅! どこが悪いのかは分からないが、車が悲鳴をあげていることだけは良く分かる。仕方なく小さな修理工場がある町まで、今来たばかりの道をまた200km戻ることにした。

その夜は既に修理工場が閉まっていたので、結局、最初に軽油を入れてしまった町のキャラバン・パーク(オートキャンプ場)に泊まることになった。もしこのまま車が使えないとなれば、買ったばかりのキャラバン(キャンピング・トレーラー)は当然無駄になり、始まったばかりの豪横断の旅はいきなりここで、たった二日目にして終わってしまうことになる。が、そんな状況とは裏腹に、動く我が家つきでキャラバン・パークに泊まることになった私は、実は内心ウキウキしていた。キャラバン内のキッチンで、お味噌汁や揚げ出し豆腐などの食べたかった和食を作り、パーク内の温かいシャワーを浴びて、ベッドで映画鑑賞まで。何とも心地よい夜を楽しんで過ごしたのだった。

次の朝、ようやく近くの小さな修理工場に行き、四苦八苦しながら軽油を抜いてもらう。が、プロでも全部は抜き取れなかったというので、車のフロントのコンピューター・ランプは点滅したまま。恐る恐る車の様子を見ながら走ることになった。そして、まあ、お金も時間も余分に使ったけれど、何はともあれ事故もなく無事に再スタートできて良かった……と思ったのもつかの間。途中のきれいな景色を撮影しようとしたところで、キャノンの一眼レフ・カメラがないことに気づく。修理工場で全ての荷物を降ろし、ドタバタしている合間に、どこかに置き忘れたか、落としてしまったのか。あーあ。せっかくの豪横断の旅、とんだドタバタでのスタートに。

香川千穂(かがわちほ)/プロフィール
朝日放送アナウンサー退職後、二年間のハワイ島生活を経て2006年よりオーストラリア在住。執筆のほかにサウンド&アートセラピストとしても活動し、珍しいクォーツ・クリスタルの楽器「アルモニカ」によるサウンド瞑想コンサートを各地で行っている。最近は、趣味と実益を兼ねたダ・ヴィンチNEWS のレビュの仕事をエンジョイ中。