第1回 ことの始まり――私のボランティアの原点

 今からさかのぼること17年。私が家族も知り合いもいないニュージーランドにやって来た時、夫は言った。「日本にいた時と同じような環境にひたれるところがあってもいいんじゃない?」と。私は小学校時代からの考古学好きが高じて大学...
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緑豊かなオークランド・ドメイン内の小高い丘にあり、波がきらめくワイテマタ湾を遠くに見下ろすことができるオークランド戦争記念博物館。現在は280を超えるボランティアが縁の下の力持ちとして博物館を支えている ©Auckland Museum

今からさかのぼること17年。私が家族も知り合いもいないニュージーランドにやって来た時、夫は言った。「日本にいた時と同じような環境にひたれるところがあってもいいんじゃない?」と。私は小学校時代からの考古学好きが高じて大学で専攻。博物館はお気に入りの場所だ。当時住んでいた町、オークランドにはオークランド戦争記念博物館があり、夫のひと押しで、私はそこにボランティアとして籍を置くことになった。

博物館の「顔」はボランティア

オークランド戦争記念博物館は国内でも指折りの規模で、名が示すように戦死者を追悼する記念碑があるほか、戦史をはじめ、自然史、文化史の展示が行われている。適材適所で館内各所にボランティアが配属されていたが、中でもフロントデスクでは、開館時間に沿ってシフトが組まれ、多くのボランティアが働いていた。

フロントデスクといえば、ビジターが館内で最初に訪れるところであり、いわば同博物館の「顔」だ。フロントデスクでの主役はボランティアで、スタッフは管理などの裏方に徹する。これにはちょっと驚いた。(フロントデスクで?)うまくビジターに対応できなければ、博物館の評判を落としかねないではないか。なぜ、こんな思い切ったことをするのか、最初は理解できなかった。

初めての仕事場はフロントデスク

博物館に履歴書を出し、私は面接を受けた。面接とはいっても、堅苦しいことは一切なく、お茶を飲みながら、ボランティア・コーディネーターのシシリアさんに自分のことを話した。彼女はフィジー系で、自分の文化を大切にする人。異文化にも尊敬の念を持って接していることはすぐにわかった。私はすぐにボランティア仲間に入れてもらい、日本語を生かせるフロントデスクで、ビジター案内に携わるようになった。

当時フロントデスクには、そのときどきで行なわれるイベントなどが書かれた、週替わりの英語のニュースレターが置かれていた。私の仕事にはこの日本語版を作ることも含まれていた。翻訳をするにあたり、まったく知らなかった、先住民の言葉マオリ語の単語の意味がわかるようになり、私の知識欲はおおいに満たされた。

フロントデスクのある1階を見下ろす。デスクは当時は円形で、写真下部にあたる入り口に近いところにあった ©Auckland Museum

ボランティアにチャンスをくれる博物館

またボランティアは、希望すれば、館内ガイドになるためのトレーニングを受けることができた。この国では新参者の私には、これは願ったり叶ったり。数日間講義を受けるうちに、ほかのボランティアの人とも顔見知りに。もっともウィークデーの昼間にこんなところに顔を出せるのは、一線を退いたおじいさんやおばあさんばかり。しかし、私にとっては、ゆっくりしゃべり、こちらのはっきりしない物言いを、辛抱強く聞いてくれるおじいさん、おばあさんの存在は貴重だった。

講義では展示物とその背景となる情報が説明され、資料ももらえた。そこからトリビア的な知識も仕入れた私。夫は、「事によってはニュージーランド人の僕よりこの国のことをよく知っているね」と苦笑したものだ。

トレーニングの仕上げは、シシリアさんを相手に館内を案内することだった。合否の判定があるわけではなく、彼女の満足をこちらから見てとれるかどうかが、自分の中での合格か否かの判断になる。幸い私の案内に、彼女は終始満面の笑み。うれしかった。

この国のボランティアのスタンス

フロントデスクでの仕事にも慣れ、ビジターが一番多く尋ねる、「トイレはどこですか?」という質問にもちょっと飽きてきた時、違う仕事をもらった。それは、日本人ビジターが館内をどのように見てまわっているかを観察し、報告書にするというもの。日本人のあとをつける、怪しい日本人! どの展示室でどれぐらいの時間を費やしたか、ギフトショップでは何を購入したかなどをチェックした。これはいつもの仕事と違い、日本人のことを理解する機会となった。

その後ボランティアとしてではなく、館内に設置されている全AV機器の目録作成の仕事をやり、アルバイト料をもらうまでになった。それとちょうど相前後して、地元日本語誌を出している会社への就職が決まった。

1年ほどボランティアをしていた博物館を去る時、気づいた。面接で人柄も知り、提供したトレーニングを通して、知識や能力を身につけたボランティアに、博物館側は大きな信頼を置いている。だからこそ、館の顔であるフロントデスクに配属する。ボランティア側はその信頼と評価がうれしい。働き甲斐があるというものだ。とかくボランティアといえば、ボランティアをする人の時間や労力の「持ち出し」だけのイメージがある。しかしそうではない。ボランティアをする側も、それを通して得るものは多い――ニュージーランドのボランティアの仕組みが見えてきた。

クローディアー真理/プロフィール
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。文化、子育て・教育、環境、ビジネスを中心に、執筆活動を行う。ニュージーランドでは、人口の約35パーセントがボランティアに携わる。支えつつ、支えられつつの社会は温かいものと感じている。