第7回 ペルー移住物語・番外編 日本人だからこそできる踊りを - 福田千文さんの物語 -

「もう年だから」ではなく、「さあこれからだ!」が口癖になりますように……
そんな気持ちで始めた「ペルー移住物語」。ご紹介したい日本人移住者はまだまだたくさんいるが、今年最後の1ページは、勝手ながら「番外編」で締めさせて頂...
LINEで送る

「もう年だから」ではなく、「さあこれからだ!」が口癖になりますように……
そんな気持ちで始めた「ペルー移住物語」。ご紹介したい日本人移住者はまだまだたくさんいるが、今年最後の1ページは、勝手ながら「番外編」で締めさせて頂きたい。移住者ではないがペルーと深い縁があり、40歳を過ぎてからマリネラ(※)を踊り始めたという女性、福田千文さんの物語だ。

リマのカフェテリアにて。細くて華奢なスタイルで、力強い踊りを披露してくれる

東京都練馬区でマリネラ教室を主宰する傍ら、国内のコンクールやイベントにも積極的に参加している千文さん。名だたるマリネラ・チャンピオンたちに師事し、本場のテクニックを学ぶためにペルーを度々訪れている。2015年1月に北部トルヒーヨで開催されたマリネラ・ノルテーニャ国際コンクールでは、念願の第一次決勝進出を果たした。このコンクールはペルー国営放送で生中継されるが、短期間に1200組以上が参加するビッグイベントであり、よほどの実力者でない限り個別に取り上げられることはない。しかし千文さんの出番にはアナウンサーが彼女の経歴を紹介、数少ない外国人ダンサーとして注目を集めた。

千文さんをペルーへと導くきっかけになったのは、1975年から76年にかけて放送されたテレビアニメ、「アンデス少年ペペロの冒険」だ。当時小学生だった千文さんは、名曲「コンドルは飛んでいく」をアレンジしたオープニング曲に感動し、アンデス世界に強く惹かれたという。「子供の頃は引っ込み思案で、やりたいことがなかなかできなかった」と言うが、南米への想いだけは断ち切ることができず、高校卒業後はケーナやチャランゴといったアンデスの伝統楽器を習い、フォルクローレ・グループで演奏活動していたそうだ。

千文さんが初めてマリネラに出会ったのは、20歳の時。愛知県のリトルワールドで開かれたラテンアメリカ関連のイベントで、アンデス地方の踊りと併せマリネラが披露されたのだ。「ペルーにこんな踊りがあったのかと、正直とても驚きました」と千文さん。しかし、それからは結婚、転居、妊娠、出産といった人生のイベントが続き、踊りどころではなくなってしまった。その後やっとペルー舞踊のグループに所属したが、そこにもマリネラを指導できる人はおらず、彼女の中で「マリネラを踊りたい」という気持ちだけがただひたすら膨らんでいった。

マリネラ・ノルテーニャのチャンピオン直々のレッスンを受け、最高の踊りを目指す

そんな千文さんに転機が訪れた。マリネラを踊れるというペルー人青年を紹介してもらう機会を得たのだ。やっとマリネラを学べる!その時の喜びと興奮は今も忘れられない。その青年からマリネラの指導をうけつつペアを組んで活動を始めた。相手は息子程の年齢だったが、そんなことは何の障害にもならなかった。思い返せば、初めてマリネラを見たあの日からすでに20年以上の月日が流れていた。

「マリネラは、女性が男性をリードする珍しい踊りです。女性が自由に、そして堂々と自分を表現しないと、男性は踊れません。だから日本人的な謙虚さや恥じらいは、マリネラには百害あって一利なし。でも繊細なスカートさばきや、凛とした意志の強さは、日本人だからこそ表現できるはず。日本人の私だからこそできる踊りを模索しているんです」マリネラについて語る千文さんは、本当に幸せそうだ。

12月8日にリマ南部の都市マラで行われたコンクールで2位入賞。
ペアのドミンゴさんと共に。

しかし、日本でマリネラを踊り続けるのは容易ではない。男性の踊り手が極端に少ないため、常にペア探しに奔走しなければならず、家庭や仕事とのバランスに加え、渡航費の工面も大変だ。それでもマリネラを止めるなど一度も考えたことはない、と千文さんは語る。

クリスマスを前に街が色づく12月、リマのマリネラ舞踏家宅にホームステイしながら、来年のトルヒーヨを目指し日々研鑽を積む千文さん。週末ごとに行われる各地のコンクールにも出場し、次々と入賞を果たしている。「マリネラは、年齢にふさわしい踊り方が求められます。私はマスター(50歳以上のカテゴリー)クラス。優雅さだけでなく、50代としての人生の厚みも表現していきたいですね」

歳を重ねても色あせることのない大人の踊り、マリネラ。千文さんのマリネラ人生は、まさにこれからだ。

福田千文さん略歴
・2011年10月29日  愛知県小牧市で開催された日本初のマリネラ・コンクールの女性シングル大人部門で優勝。(注:マリネラ人口の少ないペルー以外の国にはシングル部門が存在する)
・2012年8月12日 東京都練馬区でマリネラ教室開講
・2014年1月 ラ・プンタのコンクールで二位受賞 (ペルー)
・2015年1月 マリネラ・ノルテーニャ国際大会 第一次決勝進出 (ペルー)
※マリネラ(Marinera):男女がペアになって踊るペルーの国民的伝統舞踏。国家無形文化遺産にも登録されている。中でもペルー北海岸部で盛んなマリネラ・ノルテーニャは、その優雅で華やかなスタイルゆえに全国で人気がある。

原田慶子(はらだ・けいこ)/プロフィール
ペルー・リマ在住フリーランスライター: 2006年来秘、フリーライターとしてペルーの観光情報を中心に文化や歴史、グルメ、エコ、ペルーの習慣や日常などを様々な視点から紹介。『地球の歩き方』ペルー編・エクアドル編、『今こんな旅がしてみたい(地球の歩き方MOOK)』ペルー編、『トリコガイド』ペルー編、共著『値段から世界が見える!日本よりこんなに安い国、高い国』ペルー編、『世界のじゃがいも料理』ペルー編取材・写真撮影など。ウェブサイト:http://www.keikoharada.com/